自らトランジションできず、従来の社会構造から抜けられないリーダー層
佐宗(biotope 代表取締役社長):
今回は、ハンターさんのプログラムの一つである「トランジション」について、うかがってみたいと思います。組織の中で、イノベーターは常に変化と向き合う傾向があります。そうした外的な変化と内面的な変化はどのように繋がってくるとお考えですか。
ハンター(ドラッカースクール准教授):
多くの場合、まず外的な変化が起こります。たとえば、徳川幕府はこの外的変化に対応できず、明治政府に変わりました。同時にこれは、封建的なマインドセットから、より近代的なマインドセットへの移行でもあったわけです。“変化”は外側で起きていますが、それに対し、トランジションとは内面でおきている「我々は何者なのか」という物語におけるシフトなのです。私は誰で、どんな役目があり、私には何ができるのか。これらは本質的に感情を取り扱う問題です。
例えば私の「トランジション」という授業では、学生たちにこのようなことを尋ねます。「これまでの人生でのあらゆる“変化”を思い出してみてください」と。両親の離婚、新しい街への引っ越し、大学への入学、初めての独り暮らし、就職、結婚、子どもの誕生など。そして、その結果、「どんな変化が内面であったのか」。それがトランジションです。
しかし時には、自分が変わっていなかったという痛みのある認識にいき着くこともあります。5歳の時のままの枠組みで世界を見てきたとか、人生を通じて変化を避けてばかりきたとか……。たとえば、私の友人に恐れとともに人生を送ってきたような人がいます。彼女の意思決定はすべて不安に基づいており、変化に直面したとき常に後退することで対処してきました。彼女の頭の中ではすべてが「私にはできない」「荷が重すぎる」という話になってしまっているのです。
現代のように変化の多い時代には、これまでの自分のやり方と折り合いをつけていく役割が必要で、その時、人々はよく何かを「癒やす」ということをします。たとえば、アパルトヘイト前後の南アフリカでのトランジションでは、シフトを起こしていくためには全社会的な癒やしが必要でした。第二次世界大戦のドイツも、自分たちが何をしたのか、なせこのようなことをしたのか、何十年にもわたって検証せねばなりませんでした。そして、日本はまだそれが出来ていないのかもしれません。
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
日本も、もしかしたら癒やしが十分でないからかもしれません。さらに、近年の経済的・社会的な変化にも、内面的なトランジションを実現できていない印象です。
ハンター:
ええ、少々行き詰まっている感じがありますね。恐らく組織のリーダーシップレベルにある多くの男性たちがそうなのでしょう。彼ら自身がトランジションを経ていく必要がありますし、彼らが行動を起こせば展望が開けるとも思います。ただ、彼ら自身は個人的にも急激な変化に戸惑い、どうしていいのかわからないのだと思います。
また、彼らの奥さんは「夫に家にいてほしくない」と考えているので、一つの選択肢は「引退しないこと」になりますよね(笑)。ほかに行き場がないので、オフィスにいる。会社の外でNPOの理事をすることや、何か他の役割を見つけられれば、その必要はないのですが。きっと彼らにできることはあるのに、日本ではそうした受け皿は少なく、 彼ら自身も動きがとれない。結果、彼らが変わらないので、社会も変わりません。
佐宗:
トランジションが求められているにも関わらず、リーダー層も身動きが取れないという構造ですね。では、よりスムーズにトランジションを起こしていくには、どうしたらいいのでしょうか。
ハンター:
ひとつは、新しい社会的な慣習をつくっていくことなんですが。ただ、人生の新しいステージを始めるためには、これまでの古いものを手放す必要があります。しかし、彼らには古いものを手放すにもそうするためのスペースが世の中になく、しがみつき続けることになります。これはしんどいことです。この点はもっと理解されていいと思います。