ヒト・モノ・カネ・情報
質の高い情報を取ることは社長の永遠の任務
この問いから始めましょう。
経営者とは何をする人ですか?
日本に経営者は数え切れないぐらいいますが、この質問にきちんと答えられる人は実際には少ないでしょう。私自身、社外の方から聞かれることがあります。手を動かす事務作業はさほどやっておらず、プログラムを書くのも社員が頑張ってくれています。では経営者の仕事とは何かといえば、これに集約されます。
ヒト・モノ・カネ・情報をマネジメントすること。
どういうことでしょうか。まず「ヒト」のマネジメント。これは人事をうまく采配することや、リーダーシップを発揮する・させること、それから人を育てる、社員にコーチングをするといった仕事が挙げられます。組織論といってよいと思います。
「モノ」はどうでしょうか。まさに、企業がどんな売り物をつくり、どう勝負していくのかという話です。生産だけではなく、販売も絡みます。いつのタイミングでどんな商品・サービスをつくって、どう流通させて、いくらで売るか、といったことです。マーケティング的にいうなら「4P」(Product =製品、Price =価格、Place =流通、Promotion=販売促進)のようなものです。私はこれらすべてを総合して「品質」と捉えています。品質と聞くと製品の完成度だけが浮かぶかもしれませんが、提供価格や投入タイミングも含めてすべて「品質」です。「モノ」をマネジメントする=品質を上げる、という意味になります。
事業の種類や性質によって、ヒト・モノのマネジメントのやり方はまったく変わってきます。労働集約型か知識集約型か、大量生産なのか匠の世界なのか、チェーン展開か単独か。経営方針・事業方針に合わせて最適な戦略をつくり、この戦略に沿ってヒトとモノを管理することが必要です。その結果として品質レベルが決まっていきます。
これらを実行するうえで絶対に必要なのが三つ目の「カネ」です。企業が生きていくための酸素と水のようなものです。これがマネジメントできていないと、どれほどレベルの高いヒト・モノがあったとしても企業は成立しません。後の章でも詳しく触れますが、調達方法によって異なる種類の「カネ」が存在します。
自分たちで価値をつくり、売って得たお金→自由で返済期限も制限・制約もない
過去の実績に応じて他人から借りたお金→決まったスケジュールで返済が必要
未来の成長性に期待して出資してもらったお金→株主の存在により制限・制約があるが返済期限はない
このような異質のカネをマネジメントすることです。どのように使うかだけでなく、どのように得るかを考えるのも大事です。
四つ目の「情報」は、ヒト・モノ・カネのすべてに関わり、これらを円滑につなぐという点で一番重要なものです。点と点を線でつなぐのが「情報」の働き。ヒトをマネジメントするには、社員、スタッフ個々人についての情報はもちろん、たとえば周囲からの評価などの情報も重要です。モノに関しても同じ。マーケティングを検討するにも、マーケットや世の中の最新情報がもとになっていなければ意味がありません。
こうして経営者はヒト・モノ・カネ・情報のマネジメントを仕事としてやっていきます。
起業したばかりの経営者は、マネジメントだけでなく現場作業もやらなければ会社が回りません。自ら手を動かして商品・サービスを生産しながら、営業もして、お金の調達もして、人脈をつくり、情報を収集して次の作戦を立てて、また手を動かす。これが中小零細企業です。
そこから一定の企業規模に育つと、組織をつくっていくことになります。社員が多くなると全員を把握しきれなくなります。だからヒトを管理する専門職を置いて、その管理職を通してマネジメントする。モノなら品質管理の専門職を置く。カネの場合は簿記の知識がある人に始まり、本格的になると公認会計士資格を持つような人に会社に入ってもらう。こうした管理職を通して全体をマネジメントして、会社として最大限のアウトプットをもたらすのが経営者の役目になります。
情報については、専門職を置くことは実際難しいと思います。。情報は点と点を結ぶ線で、すべてに関わりますから、中間管理職を担当にするのは無理があります。したがって、この部分は経営者の仕事として最後まで残ります。会社が大きくなってヒト・モノ・カネに管理職を置くようになっても、情報をまんべんなく取ることは、経営者の大事な役目であり続けるのです。
情報は量より質
情報を手に入れる手段は無限にあります。たとえば社内から部門ごとにレポートなどの形で取る、会議で報告を受けるというのもあれば、ランチなどで社員と話すのも一手段です。社外の情報ならニュースやSNSを見る、本や雑誌を読むなどインドアでできる方法がまずあって、さらに、さまざまな分野の人と面談や会食などで交流する手段があります。講演会やセミナーに参加することなども多く、情報入手のために能動的に出歩くのですが、見方によっては、「社長は何をしているのか」と思われることもあるかもしれません。
ただ、そうやって社長が社外で活動するところからトップセールスが生まれるのも事実です。トップである社長が話をつけるためスピード感が出る。特にベンチャーにとってこれは大事で、大手企業との、会社の業績を左右するような取引が生まれることもあります。
ポイントは、ただ情報が多ければいいというものではないということです。何より重要なのは情報の量ではなく、質です。
情報には、発信源と一握りの周辺しか知りえない一次情報、そこからその周囲に間接的に伝わった二次情報とがあって、二次情報をベースにした「又聞き」のような三次情報に広がっていきます。発信源から離れるにしたがって知る人が増えますが、どんどん情報の質が下がっていきます。三次情報以下はもはや噂レベルです。噂レベルの情報によって会社をマネジメントすると、失敗します。いかにして本質的な情報を入手するか。情報を取るチャネルがそのカギを握ります。経営者の力量の一つは、確度の高い一次情報を入手するチャネルをどれだけ持っているかということです。
私は、習慣的に地元企業人が集まるだけの会合や、異業種交流パーティーの類には一切出ないことにしています。一般的な経営者像からアウト・オブ・フォーカスです。あえてズレをつくっています。その理由は、そうした場で流れている二次情報、三次情報に接したくないからです。質の低い情報はマイナスに働きます。
確度の高い情報を得たいなら、質の高い人とのコミュニケーションが欠かせません。たとえば、一次情報を持っている企業トップとの会話などがこれにあたります。これは社内の情報をとらえる場合も同様です。ただの噂話や恣意的な情報を人事の判断材料にしないように、客観性のある情報を取れるようにしておく必要があります。
経営をやっていると、二次情報・三次情報を巧みに使って、自分の評価を高めたり、他人を引きずり下ろそうとしたりする人が周りに集まってきます。そうなると、情報の内容だけではなく、それを自分に伝えてくる人の質をどう判断するかがとても重要になってきます。自分の評価を上げて周りを落とそうとするような情報伝達者に対しては、最も厳しい評価をするべきです。これは社内・社外問わずいえることです。
結果として、人脈は数ではなく質なのです。
景気はアナリストに聞くな
「今の世の中、情報はインターネットで手に入れればよい」と考える方もいるかもしれません。私はネットを否定しません。実際、ネットには本物の最新情報、これからの社会や市場に大きく影響する最先端の情報もあります。ただ、それを手際よく見つけることはとても難しいです。ググって手っ取り早く得られる情報の多くは、二次情報、三次情報以下が多いものです。
中小企業の中には、情報入手にお金や時間をかけられないからと安易にネット情報に頼る企業も少なくありません。たとえばモノの管理に関わるマーケティング情報。マーケティング部門の社員がネット検索で集めた二次、三次情報をもとに市場分析して社内プレゼン資料をつくり、プロダクトを企画、開発をおこなっている会社はどこにでもあります。
情報入手を安直に済まそうとするのは、マーケティングに限りません。経営にとって大事な要素である景気についても、質の高い情報をもとに判断しようとしていない企業がたくさんあります。
景気をどう読むか。経済ニュースを見たり、証券アナリストのレポートを読んだりすることなどが一般的でしょう。でも本当にそれは質の高い情報なのでしょうか。気をつけなければならないことは、レポートを出したりニュースでコメントしたりする証券アナリストが、何のバイアスもなく、景況を教えてくれているのかという話です。
彼らは証券会社に雇われている人たちです。証券会社は株の売買手数料や、企業の上場の手数料などを得るのがビジネスです。そのような会社から報酬をもらう立場の彼らが、「そろそろ景気が悪くなりますよ」とわざわざ口に出すでしょうか。株の売買を減らすような、自分たちのメシのタネを減らすことになる情報を積極的に発信することはありません。
ですから、景気悪化の情報は少なくとも証券会社からはギリギリまで出てきません。これ以上引っ張ったらアナリストとしての評価に傷が付く、その直前まで「好景気は続く」「一時的に悪く見えても必ず復調する」などと語っているものです。彼らもビジネスですから。
経営者が景気動向を知るうえで、一番よいソースは「周りの経営者がどう感じているか」です。いろいろな業種の有力な経営者と話をして、仮に「今年は景気が落ちそうだから投資を控えようと思っている」という声が多かったとしましょう。個々の経営者は、景気が悪くなりそうという自分の予測をあえて社会に発信する理由はありません。経営者の間で投資を抑えようとするマインドが広がっている、というのはまだ世の中のほとんどの人が知らない重要な情報というわけです。
もちろん証券アナリストもまだ知りません。なぜならアナリストの仕事は直近に公表された業績を分析し、それをもとに先を予測するのが王道だからです。幅広い業種の経営者に将来予測のヒアリングをして回っているアナリストは見かけません。
私が直接得た情報をもとに自分で判断する景気状況と、証券アナリストのレポートを読んでいるだけの人の認識とは、どうしても違いが出てきます。およそ半年ぐらいのタイムラグがあります。こういう構図は景気だけでなく、たとえば国際情勢や、大型イベントなどの動向も同じです。正しい情報を早く得て、先手先手でどんな経営をしていくかがとても大事です。
そのときに気をつけたいのは、ある一定の情報源だけに頼らないことです。いつもお決まりのフォーカスポイントで満足して、それだけを世界の真実だと思い込んではいないか。アウト・オブ・フォーカスを意識すれば、情報の幅は広がります。経営者にとって、質の高い情報を取る任務に終わりはありません。今と異なる見方を自分に取り込み続けること、これが何より重要です。