スバルのアメリカでの取り組みに学ぶ、「新しい意味」をつくるということ
藤田勝利氏(Venture Café Tokyo 戦略ディレクター、以下敬称略):先生が『戦略の創造学』で書かれている、「新しい意味」をつくるということについてもお伺いできますか。
山脇秀樹氏(ピーター・F・ドラッカー経営大学院教授、以下敬称略):私は著書の中では「価値」と「意味」とを異なる言葉として使いました。
経済学でも戦略論でも「価値」という言葉が使われますが、それは価格や対価に対してどれくらいの価値があるか、という文脈で使う場合が多い。ですが、著書でも紹介しているベルガンティ(ミラノ工科大学 ロベルト・ベルガンティ教授)の論文を読んでハッとしたのは、意味と価値は違うということです。例えば、「私が父からもらった時計」というのは金銭的な価値はほとんどなくても、「父がしていたから私が持っている」という大きな意味があるわけです。
著書ではベルガンティの研究にある「新しい意味の創造」を引用していますが、そこでは「任天堂Wii」「Apple iPod」「スターバックスコーヒー」などの事例を用いて、それ以前にあった製品・サービスカテゴリーにおける顧客にとっての意味、新しくもたらされた意味を比較しています。
技術的なイノベーションは重要ですが、消費者にとって「意味」がないものは受け入れられないよね、という発想になりました。著書でも書きましたが、テレビが薄くなったことで「壁にかけられる」という新しい意味が提供されました。でも、「うちは1センチ以内にしました」などという“薄さ競争”になると、技術的には向上していても消費者に選ばれる理由になりません。
藤田:その通りですね。
山脇:「意味」という考え方を紹介したもうひとつの理由は、機能性を訴えるだけでなく、そこに「意味」を加えたときに新しい顧客にアピールできるのではないか、ということを伝えたかったんです。
ご存知かもしれませんが、アメリカでは自動車のスバルが非常に好調です。でも、1960年代後半に輸出を始めてから2000年代半ばまで、アメリカのマーケットシェアはずっと1%に到達するかしないかという状態だったんです。アウトドア志向で機能的な車が好き、というスバルのユーザーは一定数いたんですが、シェアは一向に上がらなかった。そこでスバルでは、「消費者に聞いてみましょう」ということでアンケート調査を行いました。そうすると、スバルのオーナーはみんな「I Love SUBARU」と回答したそうです。誰もがLoveという言葉を使ったと。「そうか、みんなうちの会社を愛してくれているんだ」ということで、Loveをテーマにしたキャンペーンを始めたんです。それがいまでは、動物愛護の活動や図書館への本の寄付といった社会貢献活動にスバルの車が使われるといった形にも発展しています。
機能性にプラスしてLoveという新しい意味をつくったことで、それまではスバルの車に見向きもしなかった人が顧客になりました。今やスバルのアメリカでのマーケットシェアは4%まで伸びています。1%が4%というのは、大きな道のりですよ。新しい意味をつくることで新しい顧客に到達できる可能性がある、というのはそういうことです。