組織学習の重要性-内外の人々に「共感」を持つこと
モデレーター西口尚宏氏(以下、西口):
講演で話題になった「共感」とイノベーションを起こす組織構造を関連づけてお話いただけますか。
IDEO共同経営者トム・ケリー氏(以下、ケリー):
組織内でも、他の部門、業務グループなどに属する人々がお互いに共感を持つべきです。イノベーターたちが理解しがたい、または馴染みのないことをしているとしても、既存事業担当者は「(彼らのしていることに)会社の将来がかかっているのかもしれない。どんな新しいことをやってくれるんだろう」という気持ちでいてほしいですね。
デンマークデザインセンターCEOクリスチャン・ベイソン氏(以下、ベイソン):
行政機関の場合、市民への共感は不可欠ですが、デザイナーやイノベーターとしては、そのときどきに関わっている組織に寄り添う気持ちも必要です。政策でも事業でも、その業界独特のことばを理解し、その運営者の目線で話さないと、アイデアは認められないし、新しい企業文化の一部にもなっていきません。
そこで問題になってくるのが組織学習です。どうやって新しいアイデアを受け入れ、新しい慣行に根づかせていくべきか。組織学習は、事例や競合の研究ばかりでなく、共感や対話も関わる複雑なプロセスですが、過小評価されていると感じます。
好奇心を組織学習に組み込む
西口:
業務の効果・効率性向上が目的の研修が多い日本企業にとっても、組織学習の問題は重要です。
ケリー:
ほんとうの学びは、競合の研究ではなく、実験や、人々の行動の動向の研究から得られます。たとえば、日本では高齢化が社会問題ですが、これは企業にとっては商機でもありますよね。日本にいる多くのお年寄りから学び、共感して、彼らを支援する製品やサービスを開発すれば、世界的にも貢献できるでしょう。
ベイソン:
IDEOなどの最先端のデザインファームの強みは、「システマティックキュリオシティ(組織全体で好奇心を持っていること)」でしょう。組織学習を推し進めるのは、まさにこの組織の好奇心です。ものごとを観察し、疑問を持ち「(この現象は)自分にとってはどういう意味があるのかな」と考えてみること。そういう好奇心を育む文化を作れるかどうかが課題ですね。
西口:
システマティックキュリオシティは、興味深い概念ですね。
ベイソン:
個人や組織は、自分が世界を変えてやるといった野心や自負を持つ一方で、いいアイデアはどこからでもやってくる可能性があることを認める謙虚さも持っていなければなりません。どんなに頭脳優秀な社員がいても、すべてを知っているわけではないのです。
「問題はすべて把握している」と話す経営者に会うと、とても心配になります。こんな状況把握をしている組織はとてもイノベーティブとはいえず、すでに衰退が始まっているのではないかとさえ思います。
自負と謙虚さを両立させるためには、学び続けること、アイデアはどこからやってくるかわからないと認め、好奇心を保つしかありません。
ケリー:
特に、私のような年齢になってくると危険なのは、必要な知識はすべて持っていると思い込む、知識の陳腐化です。組織にとって価値ある知見を更新しつづけていくことは、組織のリーダーに課せられたチャレンジです。永久に変わらないものもあれば、日々変化するものもあります。その違いを見極めて、常に世界を観察して、更新すべきものは更新していかなければなりません。