本記事は『Zero to IPO 世界で最も成功した起業家・投資家からの1兆ドルアドバイス 創業から上場までを駆け抜ける知恵と戦略』の「第1章 起業家になるべきか?」を抜粋したものです。掲載にあたって一部を編集しています。
起業家になるべきか?
黒い革靴がぐしょぐしょに濡れていた。つま先の感覚がない。それでも足を止めるわけにはいかない。降り積もっていく雪のなか、数台の車がオクラホマのハイウェイを猛スピードで走っていた。吹雪から逃れようとしているのだろう。だが、私には逃げ道などなかった。車が通りすぎると、濁った泥水が歩いている私のスーツとネクタイに飛び散った。
「もうだめだ」。私は震えながらぼやいた。「私は何をやってるんだ?」。
その答えはシンプルである。私は死に物狂いで売り込みをしていた。
2011年2月、ひどい会議の数カ月前、私たちのプロダクトはあまり売れていなかった。オクラホマ州北東部にあるタルサの石油ガス会社の人が会ってくれるというので、私は売り込むためにはるばる飛んできた。
運悪く、朝から吹雪になり、ホテルからタクシーを呼ぶと、電話口で一笑に付された。
「こんな天気で出かける人なんていない」。そう言い捨てて、電話を切られた。
私は飛行機でアメリカ全土を半分ぐらい横断してきたのだ。腕時計に目をやると、午前9時だった。約束の時間まであと1時間だ。私は急いでフロントまで行き、受付の女性に住所を書いた紙を見せた。
ハイウェイをまっすぐ行って2~3キロだが、車で行くのは無理だ、と言われた。こんな天気のなか出かけるのは自殺行為だ、と。
「歩いて行けないですか?」。
彼女は笑ったが、すぐに真剣な顔をした。「えっと、本気なのでしょうか?」。
「方角だけ教えてください」。
それから45分後、私にはいくつかのことがわかりはじめていた。まず、トレーラートラックが猛スピードで通りすぎるとき、どれほどの風を受けるか。次に、これこそ起業家にふさわしい姿だということ。寒さに震え、埃にまみれ、見も知らぬ相手に自分のプロダクトを売り込むチャンスだけを求めているこの姿が。
目あての会社のロビーに奇跡的にたどり着くと、警備員が心配して立ちあがった。
「あんた、大丈夫か?」。
時計を見た。10時1分。
「大丈夫です」。ガチガチと歯を鳴らしながら、私は笑顔で返した。
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スタートアップについてのメディアの報道を追っていると、起業してすぐに金持ちになれると考えてもおかしくはない。会社が上場するか買収されれば、成功を伝える記事が巷にあふれ、そこまでの道のりが明かされることはめったにない。だが実際は、起業するとはオクラホマの吹雪のなかを歩いていくようなものなのだ。絶えず、砂利や泥、ゴミが飛んできて、そのあとでようやく自分のプロダクトを売り込める。
このことはデータにもはっきり表れていて、新興企業の大半は倒産する。うまくいって大企業に買収され、創業者がかなりの金額を手にすることはあるが、それは上場企業のトップが手にするとてつもない金額ほどではない。株式公開までたどり着き、一夜にして創業者を億万長者にする会社の数はおそろしく少ない。
成功は明らかに運に左右されるが、創業者個人の資質も大きく影響する。それこそが、投資家が企業を査定するときにまず調査する要素である。すばらしいアイデアがあったとしても、それを実現できる能力や心理状態にはないと投資家に判断されたら、投資はおこなわれない。
この章では、起業家になるのに必要なもの―スキル、心がまえ、性質など―をじっくり見ていく。これを読んで、「私のことだ!」と思ってもらえるといいのだが、自分にはあてはまらないと思ったり、不安になってきたりしても、心の声に耳をすませてほしい。起業家の道はオデュッセウスの旅にも引けを取らない。この道が自分にぴったりだと確かめるのだ。
必要なものはそろっているか?
創業者に欠かせない性質のチェックリスト
創業者はみな唯一無二の存在だ。スティーブ・ジョブズとマーク・ザッカーバーグは違う。カトリーナ・レイクとイーロン・マスクも違う。ビル・ゲイツとアリアナ・ハフィントンも同じではない。だが、違いはあるものの、ある性質が共通している。あなたはどうだろうか?
不確かでもうまくやれる能力
スタートアップを経営するとは、重要な決断を下すとき、思うようには情報を得られないということだ。30のデータをとって回帰分析をおこなえるなどと思わないようにしよう。データが3つもあればラッキーだ。ほとんどの場合、推測に頼ることになる。はっきりしたことがわからないと心配になるだろうか?
売り込む才能
毎日、四六時中、売り込むことになる。それは顧客に対してだけではない。投資家に対してもだ―どうしたらあなたを支援してくれるのか? 人材に対してもだ―どうしたら安定した職を捨ててあなたのもとで働いてくれるのか? 業者(ベンダー)に対してもだ―どうしたらあなたに有利な条件を提示してくれるのか? それから、(いるとしたら)配偶者やパートナーのことも忘れてはならない。どうしたらあなたがクレイジーな夢を追いかけて家族の将来を危険にさらすのを許してくれるのか?
EQとIQのバランス
すぐれた創業者の大半はいわゆる人付き合いの苦手なおたくではない。実際、彼・彼女らは人付き合いがうまい。相手を鼓舞し、モチベーションを高めるすべを心得ている。自分のエゴを捨て、チームやアドバイザーや投資家の話に耳を傾けられる。そのため、EQ(心の知能指数)がIQに見劣りしないようにする。
組織と規律
だらしなくてもサボっていても、ボスは誰からも何も言われない。自分で自分を律しないといけない。誰かの手を借りず、みずから計画を立てて、実行できるだろうか? 全体を把握しながら、その週やその月に進めるべきことを考えられるだろうか?
エネルギーと推進力
「短距離走ではなくマラソン」という表現を聞いたことがあるだろう。そのとおりだ。ただし、会社を設立するとは、1キロを約4分20秒のペースで走るマラソンだ。常に走りつづけなくてはならない。
やる気を促すリーダーシップ
ビジョンや課題を掲げ、まわりがやる気を出してついてくるようにできるだろうか? これは必ずしも、ヘンリー5世の聖クリスピンの祭日のようにうまくやるという意味ではない(そうできるなら、すばらしいことだが)。人のやる気を引き出すにはさまざまな方法がある。大事なのは、やる気の引き出し方ではなく、やる気を引き出すことだ。
自信
オクタを立ち上げたとき、私はいつも「自分に賭けている」と言っていた。それはつまり、私にはオクタを成功させるために必要なものが備わっているという意味だ。もちろん、最悪な時期にはそんな自信も揺らいだ。それでも、問題に1つずつ取り組んでいけば、きっと道は開けるといつも信じていた。
回復力
ナップスターの創業者で、初期のフェイスブックの社長だったショーン・パーカーの有名な言葉に、「スタートアップの経営は粉々になったガラスを嚙みくだくようなものだ。成功するためには、流れる血の味を愛さなくてはならない」というのがある。そのとおりだ。毎日顔面を殴られても、何度でも立ちあがることができるだろうか? それとも最後にはノックアウトされてしまうだろうか?
さらに身につけるべきスキル
起業家として大切なのは、すばらしいアイデアを思いつくことだと考える人が多い(テック業界では、大切なのはすばらしいアイデアとプログラミングスキルだと考えられている)。だが、そのアイデアを使ってゼロから上場企業をつくるには、考え出したコンセプトを構築するだけでなく、さまざまな課題に向き合う必要がある。次のチェックリストに目を通し、これができるだろうか? これを楽しんでできるだろうか? と、みずからに問いかけてほしい。というのも、これらの項目は、特に会社が大きくなればなるほど、実際に仕事の一部になるからだ。
- 前職と同じ金額の給与を払えず、1年後に会社があることを保証できない場合でも、現在の会社での安定した職を手放すのをいとわない人たちでチームを組めるだろうか?
- ベンチャー・キャピタルを口説き落とすか、少なくとも銀行から融資を受けられるか?
- 会社へ営業に行くことになった場合、売り込むのにふさわしい幹部を見抜き、時間をとってもらえるよう説得できるか?
- 試作品ができたら、顧客に試しに使ってもらえるか? さらには、試験用のプログラムに有償で参加してもらえるよう説得できるだろうか?
- 財務モデルを構築し、先行きを予測できるようになり、予算やキャッシュフロー計算書、貸借対照表、損益計算書を管理できるだろうか?
- 対立をいとわないだろうか? 組織内の幹部同士が相反する目的をもち、意見が衝突した場合など、両者の争いをいさめることができるだろうか?
- メディアが取りあげたくなるような、自社についての魅力ある話ができるだろうか?
いかがだろうか? 今日、起業するとしても、こうしたことをすべておこなえるだろうか? もっと大事なのは、それを楽しんでやれるだろうか?
創業者と海軍特殊部隊が似ている理由
すべては「時間をかけて集中する」こと
2005年、『ブレイクスルー・カンパニー 小さな会社が大きく伸びる法則』(講談社、2008年)の著者、キース・マクファーランドは、インク誌が選ぶ500社の経営者250人に、注意・対人スタイル診断テスト(TAIS)を実施した。この性格診断は、プロのアスリート、軍のエリート部隊、企業の幹部に対して、高いストレス下で集中力を持続し、適切な決断を下し、コミュニケーションをとる能力を評価するために頻繁におこなわれている。
TAISでは20種類の性格因子を調査する。マクファーランドは成功する起業家にとって重要な3つの性質を詳しく調べた。1つ目は、「時間をかけた集中」だ。これは、達成するために大きな犠牲を払うことを含め、目標に向かって全力で取り組める個人の能力のことである。
マクファーランドは一般的な起業家の代わりとして、インク誌が選ぶ500社の経営者(非上場企業の経営者はその企業の創業者であることが多い)で調べた。すると、彼らの「時間をかけた集中」のスコアは、従来のCEOより高いことがわかった。マクファーランドは当時、このことは、彼・彼女らが「ほかの企業幹部より軍の司令官やアスリートと共通点が多い」ことを表している、とインク・ドットコムに記した。
次にマクファーランドは、彼らのリスク許容度について調べた。起業家は一般人よりリスク許容度がかなり高いと見られている。だが、マクファーランドは驚くべき事実を発見した。彼らは生まれつきリスクをいとわないわけではなかった。マクファーランドは自分の会社、REDストラテジー・グループで起業家と仕事をしているため、このことについてある仮説を立てていた。
それは、創業者がリスクを好む可能性が高いのではなく、ほかの人に比べてリスクを計算する能力が高いというものだ。「彼らはこの世界にほかの人が気づかないような関係性を見つける」とマクファーランドは言う。「そのおかげで、彼らは必ずしも言葉では表せない(あるいは、気づいてすらいない)可能性をしっかり把握できる」。
最後に、起業家のストレスに対する反応を調べた。TAISで測定される性格因子には「プレッシャー下におけるパフォーマンス」という項目がある。インク誌が選ぶ500社の経営者のスコアは83パーセンタイルだった。この数値は、平均的なCEOより45%も高い。
実際、創業者は逆境に直面するのを楽しんでいるように見えるが、マクファーランドは次のように言っている。「彼らはクラッチプレイヤーです。差し迫った状況になり、リスクが上がると、彼らはボールをもらってシュートを打ちたがるのです」。
夢想家か実務家か どちらも創業者になれる
メディアでもてはやされるのは、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、サラ・ブレイクリー、マーク・ベニオフなど、夢想家(ビジョンのある人物)だ。だが、創業者がみな未来を夢見る華々しい魔法使いというわけではない。たとえば、私がそうだ。私には特にビジョンがあるわけではない。けれども、共同創業者(オクタのCEO)のトッドは違う。トッドには、私たちの業界の行く末やこの分野で成功する会社像について、すばらしいセンスがある。
私にはそうした才能はない。しかし、私には物事を遂行する能力(これもまた成功には欠かせない)がある。実際に、私たちのような関係は、成功したスタートアップではよく見られる。1人がすばらしいアイデアを思いつき、少なくとももう1人がそれを実現するという創業チームだ(後者はよく「実務家」と呼ばれる)。そのため、たとえ自分が実務家でも、自分を見限ってはいけない。夢想家と協力することをみずからの使命だと考えるのだ。
5年後、10年後の計画はあるか? カレンダーを空けておく
ベンチャー・キャピタルからの資金を受けとったとたん、時計の針は動きはじめる。それは、ベンチャー・キャピタルが一定の期間内に「彼らの」投資家たちに返済しなくてはならないからだ。そのため、創業者にはすぐに出口戦略(たいていは会社を売却するか上場するか)を立てるというプレッシャーがかかる。
ベンチャー・キャピタルが希望する期限は7年以内であることが多いが、実際の計画対象期間は、自社がどんな業界にいるか、ファンドのライフサイクルのどの位置にいるかなど、いくつかの要因によって変わる。
さらに、少しの成長ではなく、かなり大きく成長しなくてはならないというプレッシャーがかかる。「10X」という用語を聞いたことがあるだろうか。これは、出資したスタートアップに対して、ベンチャー・キャピタルは投資した時点から10倍の規模になることを望んでいるという意味だ。
たとえば、ベンチャー・キャピタルが出資したとき、時価総額が4000万ドルだったとすると、7年後には4億ドルになってほしいということだ。そのためには、顧客基盤を強大にし、プロダクトの提供先を拡大し、巨大な成長を管理するために社内運営を安定させなくてはならない。これはとてつもない仕事になる。
これを達成するには、起業してから5年から10年のあいだ、会社にすべてを捧げる覚悟がなくてはならない。(正気を保つためのもの以外には)趣味はもたず、副業もしない。もちろん、家族はもてる。私は内科医の妻とオクタを設立した年に結婚し、4年目、6年目、9年目に子どもが生まれた。そのあいだずっと、私たち2人は働いていた。かなり大変だったが、なんとかやり遂げた。
これから10年間、仕事しかしなくてもいいと思えるほど起業家になりたいだろうか? そう自問してみてほしい。その答えが「いいえ」だったり、「たぶん」だったりするのなら、この道を進むのは考え直したほうがいい。
注意してほしいのは、たとえベンチャー・キャピタルに出資してもらおうと考えていなくても、こうしたことがあてはまる点だ。ベンチャー・キャピタルからの出資がなくても、起業するというのは通常、その規模にかかわらず、最初の5年から10年に全精力を傾けなくてはならない。本当だろうか? 噓だと思うなら、レストランや中小企業を訪ね、ひと息つけるまでどれぐらいかかったか、オーナーや起業時のオーナーにたずねてみるといい。
50歳が新たな37歳になるとき
フレッド・ルディは50歳を目前に控えてサービスナウを始めた。現在、同社には1360億ドルの価値がある。フレッドは私に、若い創業者の神話はあったけれど、中年だから起業しないとはまったく考えなかったと語った。「50歳で、できる気がしたんだ」(フレッドは起業前、上級管理職を任されるなど、テクノロジーの分野で長年キャリアを積んでいた)。「私は、これをやろう、と自分に言い聞かせた。多くのことを学び、多くのことを見てきて、いまならじゅうぶん理解している、と」。
創業者は天才少年、という神話を打ち壊す
偉大な創業者の大半は、大学を中退した20歳の若者ではない
「創業者はクレイジーなアイデアをもった少年という固定観念がある」と述べるのは、ネットスケープコミュニケーションズの伝説の共同設立者であり、アンドリーセン・ホロウィッツでベン・ホロウィッツのパートナーであるマーク・アンドリーセンだ。しかし、その決まり文句には実体がない。「たいてい、創業者とは、自分のアイデアを5年、10年、15年とあたためていた人だ。起業するころには、彼らの能力は私たち投資家でさえ想像もできないような高みに達している」。
MITの教授、ピエール・アズライによると、起業後に高成長する企業の創業者の起業時の平均年齢は、25歳でも35歳でもなく、45歳だという。2018年のハーバード・ビジネス・レビューの記事によると、アズライと共同執筆者は、新進気鋭の若手創業者というステレオタイプなイメージは間違っていることをデータから発見した。「もしあなたが2人の起業家と直接会っていて、年齢しか知らなかったら、年齢が上の人を選んだほうがいい」とその記事は主張する。
スウィッチ・ベンチャーズを経営する私の友人のポール・アーノルドも、投資に値する創業者を予測するモデルを開発する際、同じ結論に達した。(特に名門校での)高い教育、業績のよい組織での何年もの職務経験(特に管理職の経験)がスタートアップの成功と関連があるという。
「グーグル、フェイスブック、マッキンゼー・アンド・カンパニーなどで働いていた人は、大企業を築く可能性がかなり高い」とポールは言う。その理由はかなり基本的な話である。彼らは、機能性と効率性の高い組織がどのように運営されているかを心得ているからだ。「大学を卒業したばかりでも、偶然、マーク・ザッカーバーグのように成功できるかもしれない。だがたいていの場合、成功する組織がどんな感じかはよくわからないだろう。でも、グーグルで働いた人ならそれがわかる」。