新規事業マネジメントの成否を分ける「組織の癖」の正体
連載第2回でも述べた通り、多くの企業では新規事業を個別のテーマ検討から始めがちです。しかし、まずは新規事業を推進するためのプロセスやマネジメントの考え方を固めなければ、再現性のある事業創造にはつながりません。その土台となるのが、個社それぞれで異なる「組織の癖」の理解です。この「組織の癖」とは、経営者や株主、あるいは社員が入れ替わっても容易には変わらない、企業に深く根ざした文化や意思決定の力学を指します。
私がこれまでご支援してきた企業の中にも、人材の流動性が高いにもかかわらず、確固たる企業文化を持つ会社は数多くありました。広く知られる企業を例に挙げましょう。リクルートは独立や転職を奨励する風土で有名ですが、「圧倒的当事者意識」といった企業文化は一貫しています。トヨタ自動車も、中途入社者が増える中でも「現地現物」「なぜなぜ分析」といった独自の文化を維持し続けています。
「組織の癖」は、明文化された教義のようなものもあれば、言語化すらされず組織のDNAに刻み込まれたものもあり、表面的な変化では揺らぎません。だからこそ、この癖を無視して他社の成功事例をそのまま導入しても、うまくいかないのです。では、どのようにして自社の癖を理解すればよいのでしょうか。私たちが実践しているアプローチ例を3つ紹介します。

1. 長い時間軸で「意思決定の歴史」を振り返る
創業から現在までの事業拡大の歴史、過去の新規事業への参入・撤退の判断について、事実をベースに掘り下げます。ポイントは「どのような意思決定プロセスを辿ったのか」「なぜ、その判断をしたのか」を詳細にヒアリングすることです。
興味深いことに、新規事業のプロセスが定まっていない会社では「役員会で何となく話が持ち上がり、急に決まった」「なぜ承認されたのか、実はよくわかっていない」といった声も聞かれます。こうした「記録の不在」や「意思決定プロセスの曖昧さ」自体も、その会社の重要な癖です。まずは一つの事実として客観的に捉えましょう。
組織の癖を分析する際には、その特性を「良い・悪い」で評価しないことが大切です。たとえば、ある企業には新規事業にGoサインを出すことをためらう「意思決定をしたがらない」という癖がありました。一見すると新規事業には不向きに思えますが、深く観察すると「顧客が『欲しい』と言ったものには即座に決裁が下りる」というもう一つの傾向が見えてきました。いわば「マーケットイン偏重型」という癖だったのです。
このような企業では、まず顧客の懐に入り込んでニーズを掴み、その解決策として新規事業を提案する方が、はるかに意思決定はスムーズに進み、成功確率も高まります。特性の背景を冷静に分析し、自社に合ったマネジメント方法を見つけることが肝要です。
2. 外部ステークホルダーの視点を取り入れる
顧客、サプライヤー、OB・OG、株式アナリストなど、多様な外部の視点から自社がどう見られているかを把握します。内部の人間だけでは気づけない、客観的な癖が見えてくることは少なくありません。特に顧客からは、競合他社との細かな違いについて、示唆に富んだ意見が得られることがあります。また、OB・OGは長期的かつ客観的な視点を持っており、歴史的な背景を理解する上で非常に有益です。
3. 自社の関係者と一緒に分析を進める
自社の癖を深く理解するには、制度として明文化されていない暗黙のルールまで把握することが重要です。そのため、外部のコンサルタントが一方的に「あなたの会社の癖はこうです」と提示しても、当事者に納得感がなければ意味がありません。経営陣を含む自社の関係者が一体となって癖を理解することで、初めて深い納得感が生まれ、共通認識も醸成されます。
組織の癖の分析と理解には、相応の時間がかかります。ヒアリングやディスカッションを重ねて初期的な「型」に落とし込み、さらに運用しながら、少なくとも半年から数年かけて磨き上げていくものです。決して短期で終わる作業ではありませんが、この癖の理解度が、その後の新規事業創出の成功確率を大きく左右します。疎かにせず取り組むことを強く推奨します。
次のページでは、組織の癖を踏まえて検討する3つのマネジメントパターンを解説します。
