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量子産業の未来

「基礎研究で勝ち、ビジネスで負ける」を回避する。政府が描く量子エコシステム構築の道筋

ゲスト:内閣府 佐藤彰洋氏

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量子覇権をめぐる国際競争で日本が勝ち残るには

寺部:世界に目を向けると、各国の開発競争も激化しています。海外の動向をどう見ていらっしゃいますか。

佐藤:特に中国は量子技術に莫大な投資を行っており、その動きは非常にダイナミックです。たとえば、量子鍵配送(QKD)の分野では全国規模のネットワーク展開を進め、さらには南アフリカとの衛星通信実験に成功するなど、国家戦略の中核に据えて軍民両用で技術開発を推進する姿勢が明確です。こうした動きを踏まえると、日本が国際競争に敗れ、産業ごと量子技術を失ってしまうというリスクも決して否定できません。だからこそ、価値観を共有する国々と連携し、日本の技術力を高めていく必要があるのです。

 その一環として、2025年5月には「日・EUデジタルパートナーシップ」の下で量子科学技術に関する協力趣意書(LOI)を締結し、共同開発プロジェクトが始動しました。さらにイギリスやデンマークとも同様の協力覚書を結び、国際的な協力を加速させています。日本の強みであるミドルウェアやソフトウェア技術を海外の研究機関でも活用してもらい、部品とアプリケーションの両輪で連携を深めていきたいと考えています。

ビジネス人材こそがユースケース創出の鍵を握る

 

寺部:国際連携を推進するにあたり、日本が果たすべき役割や直面している課題、そして求められる人材像についてお聞かせください。

佐藤:量子技術の社会実装には、誰もが利用できるテストベッド環境の整備が不可欠です。量子コンピュータは高額で、一企業が簡単に調達できるものではありません。そこで、国内外の企業や研究者が共同利用できる環境を国として整えています。その代表例が、産業技術総合研究所の「G-QuAT(Global Research and Development Center for Business by Quantum-AI technology、量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター)」です。ここには、富士通の超伝導型、QuEraの中性原子型、OptQCの光型といった異なる方式の量子コンピュータが集積され、スーパーコンピュータと連携する環境も整備されています。

 加えて人材面の課題もあります。テストベッドを活用するには一定のリテラシーが必要ですが、必ずしも量子物理の高度な専門知識が求められるわけではありません。むしろこれからは、ビジネスサイドの人材が研究者やエンジニアと対話し、新たなユースケースを発掘していくことが極めて重要になります。

寺部:なぜ、海外のクラウドサービスを利用するだけでなく、国内に複数のテストベッドを設置することが重要なのでしょうか。

佐藤:私は、量子コンピュータは「次世代のインフラ」と位置づけられるべきであると考えています。国内で実機を保有し、それに触れられる環境があること自体が、次のステージへ進むための鍵になると感じています。海外のテストベッドも利用できますが、手続きの煩雑さや利用優先度の面で制約があり、結果として他国に後れを取るリスクがあります。経済安全保障や国内産業創出の観点からも、自前の環境でユースケースを創出していくことは不可欠であり、常に最先端のテストベッドを維持・更新していくことが求められます。

寺部:テストベッドでは、ソフトウェアの利用だけでなく、ハードウェア部品の開発や検証も行われているのでしょうか。

佐藤:はい、その通りです。現在、超伝導型量子コンピュータの主要部品は海外製への依存度が高く、たとえば極低温を実現する冷凍機の分野ではフィンランドのBluefors社が市場をほぼ独占しています。しかし最近では、アルバックが大阪大学と連携し、純国産の冷凍機を用いた量子コンピュータの構築に成功するなど、国産化の動きも活発化しています。こうした開発も、テストベッド環境なしには進みません。日本のサプライヤーは、その技術力の高さから海外企業からも注目されています。日本の強みである部素材分野を活かしたグローバルな展開を見据えていきたいです。

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量子産業が「基礎研究で勝ち、ビジネスで負ける」を回避するには

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この記事の著者

雨宮 進(アメミヤ ススム)

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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