新規事業はいかにユーザーの心を動かすかが鍵!
次に、事業開発における感性的な価値の重要性について解説します。
細かなスペックを比較して「どれが優れているか」を論理的に考えるよりも、「なんだか良さそう」「これを使ったら毎日がちょっと楽しくなりそう」といった期待感で、プロダクトやサービスを選んでしまった経験はないでしょうか。
新規事業開発では、どんな機能を持たせるか、どれだけ高いスペックを実現するかといった「頭で考えた論理」に議論が集中しがちです。もちろん機能性は重要ですし、数字やスペックで語れる強みも必要です。しかし、最終的にユーザーがその製品を「欲しい」と思い、継続的に使い続けるかを決めるのは、数字では表現しきれない「心が動くかどうか」に懸かっているのです。
富士フイルム「チェキ」が新市場を開拓できた理由
富士フイルムの「instax “チェキ”」という製品をご存知でしょう。1998年の発売以来、特に若者を中心に人気を博しているインスタントカメラです。その開発の背景には、高機能なデジタルカメラの普及によるフィルムカメラ市場の縮小という大きな課題がありました。しかし、富士フイルムは、撮影した写真をすぐに形として残せるチェキならではの体験価値を武器に、新たな市場の開拓に成功しました。

このプロダクトデザインの秀逸な点は、2つあると私は考えています。
1.「撮ったらすぐ出てくる」体験への訴求
チェキ最大の魅力は、なんと言っても「写真がその場でプリントされる」というアナログならではの体験です。撮影の瞬間から写真が出てくるまでのワクワク感、それを手に取って眺めたり、誰かにプレゼントしたりする行為自体が「デザインの一部」となっています。チェキは単に記録を残すのではなく、「撮るプロセスそのものを楽しむ」という体験を設計することで、豊かな感性価値を提供しているのです。
2.「レトロ×ポップ」なイメージ戦略
チェキの外観は、機能一辺倒のカメラとは異なり、丸みを帯びたフォルムとカラフルな色展開で、ファッションアイテムとしても親しまれています。どこか懐かしいレトロな雰囲気を持ちながら、若い世代にはかえって新鮮に映るデザインは、世代を超えて受け入れられています。カメラを「専門機材」ではなく「ライフスタイルの一部」として捉えるコミュニケーション戦略が、多くの人の心を掴んでいます。
このように、チェキのデザイン戦略の本質は、スペックによる差別化ではなく、ユーザーの体験や感情に訴えかける点にあります。単に「写りの良さ」を追求するのではなく、「誰かと共有する喜び」や「撮ることの楽しさ」といった感性的な価値を重視した結果、大きな成功につながったのでしょう。
どんなに論理的に正しくなくても、「心が動く体験」を最後まで大切にする。このデザインの視点を、新規事業にこそ取り入れてほしいと強く考えています。