プロトタイピングでデザイナーが果たす役割
デザインとは、完成品を美しく仕上げるためだけの手段ではありません。新規事業の初期段階からデザイナーが関わることで、「問い」を迅速に形にし、現実との「ズレ」を素早く発見できます。これこそ、デザイナーがプロトタイピングを通じて果たすべき、最も重要な役割のひとつです。
プロトタイピングには、開発対象によって大きくハードウェアとソフトウェアの2種類があります。
ハードウェアでは、3Dプリンターなどを使い、プロダクトのサイズ感や重さ、質感、安全性、技術的な実現可能性などを確かめます。手に持った時の握りやすさや、動作のスムーズさといった「身体的な感覚」に関わる部分の検証は欠かせません。
一方、ソフトウェアでは、ユーザー体験(UX)や操作感、情報設計など、より抽象的で感覚的な要素を試します。Figmaのようなデザインツールで画面遷移や操作の流れを確認しながら、「分かりやすさ」「使いやすさ」といった価値を探ります。機能的な成立はもちろん、心地よい「体験」のデザインが検証の核となります。
これらのプロセスは段階的に進みます。最初は紙に描いたスケッチ(ペーパープロトタイプ)から始め、アイデアの核を迅速に可視化し、方向性のズレを修正します。そして徐々に、素材や機構、操作感といった細部を詰め、より完成形に近いハイフィデリティプロトタイプへと進化させます。段階的に精度を上げることで、常に学びながら軌道修正が可能になるのです。

重要なのは、「完璧なものを作ること」ではなく、「試しながら学ぶこと」。プロトタイプは未完成だからこそ、検証しやすく、改善の余地が残されています。「早く作り、早く間違え、早く学び直す」。このサイクルをどれだけ高速で回せるかが、新規事業の成否を左右します。
このプロセスに、デザイナーが加わる意味はとても大きいと私は考えます。
優れたデザイナーは、ユーザーは本当にこれを必要としているのか? 心地よい体験になっているか? 技術的に実現可能か? といったプロダクトの全体像を統合した視点から、プロトタイプを設計します。だからこそ、ただの製品仕様の確認に終わらない、プロトタイピングの本質である、「早く作り、早く間違え、早く学び直す」というサイクルの質とスピードを向上させることができるのです。
「手を動かすこと」で生まれる3つの価値
デザイナーがプロトタイピングに関わることで、具体的にどのような価値が生まれるのでしょうか。新規事業の初期フェーズで特に効果を発揮する3つの視点をご紹介します。
1.アイデア探索の加速
プロトタイピングは、抽象的なアイデアを具体的な形に落とし込むスピードを劇的に高めます。スケッチやワイヤーフレーム、簡易モックアップなどで視覚化することで、頭の中で曖昧だった構想が明確になり、次のアクションが定まります。また、複数のデザイン案を並行して試作・検証することで、比較しながら最適な方向性を見極めることができます。並列で試せる状況が実験的な発想を後押しし、短期間でアイデアの質と量を高めます。
2.問題の早期発見
プロトタイピングを行うことで、設計段階では見落としがちな課題や使いにくさを早期に発見できます。例えば、デザイナーが「直感的だ」と考えたUIが、ユーザーテストでは「分かりにくい」と評価するケースは少なくありません。ボタンの配置や質感といった細部の要素が、使い心地に大きな影響を与えることも、プロトタイプを通じて初めて検証できるのです。こうした違和感に気づき、設計段階で修正することは、後の手戻りやコストを最小限に抑える上で極めて重要です。
3.偶然のひらめき(セレンディピティ)
手を動かしているうちに、当初想定していなかった新しい視点やアイデアが生まれることがあります。ある機能を試作しているうち、意外な使い方が見つかって新たな用途に気づく。あるいは、チームでプロトタイプを囲んで対話する中で、別の角度からの可能性が浮かび上がる。こうした偶発的な発見が、プロジェクトの方向性を大きく変えることがあります。プロトタイプという「目に見えるもの」があることで、議論の土台が生まれ、関係者全員の認識や発想が広がっていく。こうした創造の副産物は、意図的に設計することが難しいからこそ、非常に価値のあるものです。
