優れたイノベーターはとにかく移動している
両利きの経営を実践し、イノベーションを創出するためには、コンピテンシー・トラップを回避して知の探索に力を注がなければならない。では、どうすれば知の探索を実践できるのか。入山氏はある起業家の言葉を引用し、実践のヒントを示す。

「『発想力は、移動距離に比例する』とは『ゴーゴーカレー』グループの創業者である宮森宏和さんの座右の銘です。優れたイノベーターは、とにかく動き回っています。知の探索とは、自らの偏狭な認知の枠組みを超えて未知の知に出会うことです。自分自身を遠くに移動させることは、最も手っ取り早い方法と言えるでしょう。宮島さんはニューヨークやインドなど、世界中を移動しています。だから彼は、たった一代で業界第二位のカレーチェーンを築き上げられたわけです」
会議室からイノベーションは生まれない。入山氏は「新規事業を構想する役員や担当者の移動距離が足りない」と指摘。この傾向が生成AI時代に強まると予測する。生成AIが広く普及すれば、情報のコモディティ化が急速に進むため、まだAIに学習されていない一次情報の価値は高まるだろう。このような情報を獲得するためには、一次情報が生み出される現場に足を向けなければならないのだ。
「『これはオフレコなんですけど、実はあの会社を買収しようと思っているんです』飲み会などのインフォーマルな場で耳にする情報をいかに獲得できるかが、今後の勝負の分かれ目になります。新規事業の担当者や役員が会議室に篭っているような企業に、イノベーションはまず生まれません」
失敗を恐れると知の探索をしなくなる
さらに、入山氏はコンピテンシー・トラップとは別の観点からも両利きの経営が進まない理由を説明する。「経路依存性」の問題だ。経路依存性が高い状態では、既存のビジネスモデルや組織構造、意思決定プロセスなどが、組織の変革の足枷となる。その状態で制度や仕組みを部分的に変更しても、組織を構成する他の要素とうまく噛み合わず、期待した成果がなかなか得られないという。入山氏曰く、日本企業の経路依存性の高さが両利きの経営を阻んでいる。
「両利きの経営は全社改革です。両利きの経営を実践したいのであれば、組織全体を変えなくてはなりません。まず初めに変えなければならないのが評価制度です。多くの日本企業ではMBO(※)によって従業員を評価していますが、それでは失敗を恐れて誰も知の探索などしなくなります。知の探索は往々にして失敗しますから、全社を改革する気概のない企業では、両利きの経営を実践できません」
※Management by Objectivesの略。従業員と上司が合意した目標の達成度を評価する方法
「これからの時代は大企業よりも中小企業のほうが有利」と言い切る入山氏。中小企業は組織を構成する要素や関係性が少ないため、経路依存性が低い。全社改革を断行しやすいという点において、中小企業は大きなアドバンテージを有しているのだ。
