開発方針:「内製」の先にある「手の内化」という思想
次に問われるのは「何を自社で開発(内製)し、何を外部に委ねるか」という開発方針だ。藤原氏は、AI開発を内製にすべき理由を「ROI(投資対効果)を出す観点」と「AIの性質」の両面から説明する。
「AIは良くも悪くも手離れが悪くて、会社のデータにひもづきますし、AI自体を“育てる”ために継続性が必要です。AIは内製にして良かったと思います」(ソフトバンク・藤原氏)
また、AI活用のステップとして「(1)教育(わかる!)」→ 「(2)利用促進(使える!)」→ 「(3)業務適用(楽になる!)」の3段階を示し、(3)の「インパクトのあるユースケースを作りに行く」フェーズがなければ、ツール利用が「マンネリ化してしまう」と警鐘を鳴らす。
ここで宮脇氏は、内製か外製かという二項対立を超える「手の内化(てのうちか)」を提示した。
「手の内化」とは、たとえ外注でも、ベンダーが変われば価値が出せなくなるようではダメで、「同じような価値を内製か外製かを問わず(自社で)再現できる」状態を指す。
「AIが正しくアウトプットしやすいデータの集め方、加工の仕方、こういったところをノウハウとしてしっかりと積み上げていくことが重要です」(双日・宮脇氏)
この「データの“手の内化”」さえできていれば、内製か外製かは、予算やスケジュールの問題でしかない。この思想は、AI時代の開発方針を定める上での羅針盤となるはずだ。
ガバナンス:避けられない「シャドーIT」とどう向き合うか
最後のテーマは、AI活用推進と表裏一体の「AIガバナンス」だ。
ソフトバンクでは、グローバルのトレンドに合わせてAIポリシーを年に1〜2回更新(直近ではAIエージェントを前提に整備)し、それを「制度設計」と「教育・啓発」の両輪で展開。特に教育面では、全社員必修の「ChatGPT入門講座」や「AI倫理基礎」などを提供し、「『正しく適切に使う』使い方も含めたAIツールの提供」を意識しているという。
一方、双日の宮脇氏が最大の脅威として挙げたのが「シャドーIT」だ。
「一番危ないのが、やはりシャドーITです。メールアドレスとパスワードを打ち込んだら、個人が勝手に使えてしまうツールが今いっぱいあります」(双日・宮脇氏)
「社内ポータルにて注意喚起」や「デジタル部門への事前承認を周知」するといったけん制と同時に、双日が採用した現実的な対策があった。
AIを使いたいという申請が来た場合、約40個の質問からなる「チェックリスト」に回答してもらう。これにより、「リスク項目を特定」し、「必要な対応策を明確に」する。
このリストは、単なる「禁止」のためではない。「リスクの重要度の把握としっかりとした対策を準備した上で、正しく・安全に生成AIツールを使おうね」という、リスクと機会の判断軸を明確にした現実的なガバナンスを可能にするためのツールなのだ。
2030年への示唆:「人」にしかできないことは何か
モデレーターの小宮氏が「2030年に向け、企業の競争力や人の役割はどうなるか」と問いかけた。AIが業務プロセスの「たたき台の作成」を高速化し、人間は最終化や高付加価値業務へシフトする未来が予測される中、両氏は「人」の重要性を強調した。
宮脇氏は、AIの演算能力が人間を上回ることを前提とした上で、次のように語った。
「人にしかできないことが何かを真剣に考えることが必要です。パーパスやビジョンを掲げていくことが、おそらく企業の競争優位性につながっていくと考えています」(双日・宮脇氏)
藤原氏もまた、人の適応力を強調してセッションを締めた。
「AIの技術自体はどんどん進化します。その進化に呼応して、人や組織、業務なども成熟していかなければなりません。そこがポイントになってくると思います」(ソフトバンク・藤原氏)
両社の先進的な取り組みの根底に共通していたのは、テクノロジーの議論ではなく、驚くほど一貫した「人」へのまなざしだった。AIを定着させるのは、AI自身ではない。やる気のある人材を発掘し、人材を育成し、トップダウンの強制力とボトムアップの「祭り」で熱狂を生み出し、人事制度と連携して評価する。「人」が動かなければAIは定着しないという、シンプルだが実行の難しい真理を、両者の実践は明確に示していた。
