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日本企業発・イノベーションへの挑戦者

営業一筋の40代半ばから社内起業家へ。リコーグループ発 田畑氏に聞く、部門解散を経て掴んだ事業化

ゲスト:PFU 田畑登氏

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部門解散と親会社変更。逆境での事業継続

梶川:オフィス製品を提供してきたPFUにとって、廃棄物処理は全く異なる領域だと思いますが、企画当初、社内の反応はいかがでしたか。

田畑:それが意外にポジティブだったんですよ。「自社の強みも活かせるし、市場性もある」と評価されたようです。

 ただ、問題はその後です。異動してわずか1年半後に、新規事業部門が解散してしまったんです。私は別製品の部門に配属され、その事業の立ち上げを手伝うことになりました。

梶川:新規事業は一旦ストップし、本業に戻ることになったと。

田畑:はい。それでも社内の開発メンバー4人とは毎週定例ミーティングを実施し、社外でも新規事業開発者や自治体の集まりに積極的に参加して人脈づくりに力を入れました。外堀を埋めるため、ピッチイベントにも参加しました。

梶川:とはいえ、いつ事業化できるかわからない状況だと、モチベーションを維持するのが難しそうですが。

田畑:現場からの期待があったので、「なんとか形にしたい」という思いが強かったです。私自身も廃棄物処理の現場を回る中で課題の大きさを実感しましたし、何よりビジネスとして成立する手応えがあった。なので、「社内でできないのであれば、社外に出てでも取り組もう」という気持ちでしたね。

梶川:そこまでの覚悟があったと。ただ、最終的にはPFUで事業化することになりましたね。

田畑:タイミングを見計らって役員と面談し、事業の可能性と今後の計画を改めて説明したんです。「もう顧客がつきそうです」と伝えたところ、説得力が増したようで、晴れて新規事業として再出発できました。

 その半年後の2022年9月に、親会社が富士通からリコーへと変わりました。そのときも経営陣に対して、事業の可能性をゼロから説明しましたね。新規事業への理解をいただき、自らも「下期に必ず契約を取ります」と約束し、死に物狂いで契約をつかみ取り、事業を継続させていただくことになりました。

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営業のキャリアを活かしテレアポから異業種を開拓

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この記事の著者

山田 奈緒美(ヤマダ ナオミ)

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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