企業倫理をエンジンに、法務はブレーキ役から事業の駆動力へ
法務がハブ機能として全社に価値を提供していくための次なるステップとして、松村氏は「倫理」というキーワードを提示した。資本主義が成熟し、企業倫理が企業価値に直結する時代が到来する中、法務は狭義のリスク管理から脱却すべきだと松村氏は説く。
「我々は正しいか正しくないか、正義にかなうかをずっと考えてきました。自らの領域を狭義のリーガルリスクに限定せず、もっと広義に『この会社が正しいことをやって価値を提供するためにはどうしたらいいのか』を考える役割へと踏み出していく必要があります」(松村氏)
一部の先進的な企業がCPO(Chief Philosophy Officer:最高哲学責任者)を設けているように、責任を伴いながら企業倫理の推進者へと役割を広げていく姿勢が今求められている。
中山氏もこの視点に深く賛同する。地政学リスクの高まりや社会情勢の激変に伴い、外部の法律事務所に寄せられる相談内容も大きく変化しているという。もはや「法律がどうなっているか」ではなく、「レギュレーションがどう変化し、その時自社はどう対応すべきか」という、ビジネスモデルの根幹に関わる問いが増えている。
人権やサステナビリティなど、相反する価値観が衝突する事態において、命や感情に関わる判断をAIに委ねることはできない。経営陣やステークホルダーが納得する決断を下すには、ゼネラルカウンセルを中心とした人間の確固たる意思と責任が不可欠である。
日立製作所においても、グローバルなリーガルチームのミッションとして「ドライビングフォース(駆動力)になるべきだ」と定めていると松村氏は明かした。法務は事業のブレーキ役ではなく、インテグリティ(誠実さ)やシンシアリティ(真摯さ)といった理念をエンジンとして、事業を牽引する駆動力にならなければならないという考えだ。
事業部に伴走する「FDE」型アプローチと次世代の法務人材の育成
法務が駆動力となる時代、外部の法律事務所に求められる役割も自ずと変化する。
中山氏は、大量の書類を確認するデューデリジェンスのような業務がAIに代替されていく中で、弁護士はスポット的な法的回答を提供する存在から脱却しなければならないと危機感を募らせる。クライアントの長期的・短期的な課題を深く理解し、リスクの取り方を含めて伴走するパートナーにならなければ生き残れないという。
これに対し松村氏は、ソフトウェア業界の「FDE(フォワード・デプロイド・エンジニア)」という概念を紹介した。受注して開発するだけでなく、顧客の中に入り込んでともに課題を発見し、AIを活用して解決策を設計・実装・改善していくアプローチだ。インハウスの法務部門自身が事業部や経営陣にFDEのように入り込んでいくことが求められており、同時に外部弁護士にもインハウスと一体化したアプローチが期待されている。
セッションの終盤、参加者から寄せられた「新しいセンスや能力が求められる時代に、若手をどう教育していくべきか」という問いに対し、松村氏は「AIが瞬時に業務を処理する現代において、法的な直感力を養うための新たな教育システムの設計が必要だ」と応じた。
中山氏も、かつてのような非効率な徹夜作業を通じた学習機会が失われる現状を指摘し、次のように展望を語った。
「昔のような学び方が難しくなるのであれば、フロントに近い現場に若手を配置すべきです。そこでAIを駆使しながら実戦的な判断プロセスをともに回していくような人材交流や経験が不可欠になるでしょう」(中山氏)
AIが定型業務を代替し、不確実性が高まる現代。だからこそ、法務は自らのセンスと価値観を武器に事業を推進するパートナーとなる。両氏の対談は、次世代の法務組織が目指すべき実践的なビジョンを示すものとなった。
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