「嫌な上司」との関係性から考えるマインドフルネス──“点”と”縁”では大きく違うその本質
佐宗:
最近Googleが導入していることで有名なマインドフルネスの考え方は、自分が今どんなことを感じているのかということに意識を向けることで「メタ認知力」をつけていくことだと感じているのですが、それとはまた異なるんですか。
藤田:
世俗的な文脈でのマインドフルネスは「“この世界の中(世間)で”自分がうまくやっていくためのスキル」として考えられているでしょう。自分が点としてあって他の点との関係をうまく調整しようとするわけですね。いわば点の「適応」路線ですね。でも、仏教のマインドフルネスは、パーリ語でサティと言うんですが、そもそも「自分が点である」という自己認識の解体のための装置なんです。だから方向性がだいぶ違うわけです。前者は点としての自分の改善・向上、後者は自分の解体・本当の自己の発見、を目指していますから。