根源的な欲望に基づく反応である「進化本能モジュール」
それではその「サピエンス消費」の見方をどのようにビジネスに応用していくのか。まずは、その行動における「インサイト」を見ていくこと、そしていくつもの「仮説推論」を図り、主観のみでなく科学的に確認していく。その3つの視点を大切にしながら、リサーチやビジネスアイデア開発へとつなげていくという。
こうした「サピエンス消費」のアプローチは、ここ30年ほどで出てきた進化心理学(Evolutionary Psychology)を理論的バックボーンとしている。進化生物学、脳神経科学、行動遺伝学、人類学、認知科学といった裏付けに基づき、従来は鳥のくちばしのように形質的なもののみが進化論の対象となっていたが、心もまた進化の結果として捉えているわけだ。
進化心理学では、心というものを、スイスアーミーナイフのように課題別に自動反応する「モジュール」の束として捉えている。狩猟採集時代の数百万年の期間で、危険に晒されたり、食べ物を探すのに苦労したり、そうした課題別に働く心の反応が領域固有別にワンセットとなって形成されたものが束となって今の「心」を形成しているというわけだ。そのセットを100種以上に分類する研究者もいるが、クロス・マーケティンググループではマーケティング実務で使いやすいよう「進化本能モジュール」として大まかに4つに分類している(後述)。
行動経済学などでもよく言われることだが、人間はよく考えてものを買うというより、直感的に買い、その後で意味付けをしているという。そのような視点とまさに整合性があり、進化心理学からみれば『直感的』な反応が人間に備わっているのは進化の上で有利だったからと考えられる。つまり、数百万年をかけて進化してきた心や行動というのは、『遺伝子を残すため』に有利となるように働いてきた機能としての産物なのだ。
数百万年という極めて長い期間において、狩猟採集生活に適応して進化した心の構造や働きは、現代人にもインストールされている。その心の構造や働きは、「狩猟採集の環境においては」遺伝子を残すために有利であったわけだが、必ずしも現代の消費社会においても同じように有利であるとは限らない。したがって、そこで誤作動が生じることも多い。例えば商品を手にして得られる「お得感」や心が満たされる「ごほうび感」といった脳が感知する快楽は、進化的に備わった心が仕向けた結果だが、現代社会ににおいては、肥満や買物中毒といった副作用も起こしうる。こうして、狩猟採集の環境においては遺伝子の生存に有利だった方向に仕向けられながら、現代人は直感的に消費に自動反応してしまうのである。このような自動反応を「進化本能モジュール」としてモデル化し、実務で活用しているという。