痛みを伴う転換点で得た“頑張ればできるからの脱却”と“得意なところだけを発見する視点”とは?

第4回対談ゲスト 岐阜県飛騨市 市長 都竹 淳也さん:後編

 「トラリーマン(会社員のトラ)」の実在モデルを紹介する連載の今回のゲストは、県職員時代から公私を分けずに斬新なアイディアを実現してきた飛騨市長・都竹淳也(つづく・じゅんや)さん。トラリーマンがより活躍できる環境条件についても語ってもらった。ナビゲーターは、楽天株式会社 楽天大学 学長の仲山進也さん。全3回の第3回記事をお届けする。今までの連載はこちらから。

[公開日]

[語り手] 都竹 淳也 仲山 進也 [取材・構成] 宮本 恵理子 [写] 長谷川 梓 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] ワークスタイル 事業開発

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“痛みを伴う転換点”で得た「頑張ればできるからの脱却」と「得意なところだけを見つけていく視点」とは?

仲山進也氏(以下、敬称略):トラリーマンの共通点として、「レールから外れるような、痛みを伴う転換点」があるのではないかと考えているのですが、都竹さんはあてはまりますか?

都竹淳也氏(以下、敬称略):先ほど少し触れましたが、次男の障がいが分かったことですね。僕自身は子どもの頃、運動がどうやっても苦手で、運動能力測定のソフトボール投げで女子よりも飛ばせなくて悔しい思いをしていたんです。屈辱的で、運動以外で頑張ろうとやってきたつもりだったんですが、いつしかそれを忘れてしまっていたんですよね。

特に県庁に入って、知事秘書時代あたりは、ある一定の水準の仕事ができていない人を見ると怠けているように思えるわけです。「努力していないだけだろ」と。昔、どんなに努力してもボールを飛ばせなかった経験があったはずなのに、どこかへ行ってしまっていたんですね。

だから、当時は周りに対して苛立って「もっと努力しろよ!」と怒ってばかりでした。「あの頃の都竹さんは怖かった」といまだに言われます。

仲山:都竹さんにもそんな時代があったとは。

都竹:はい、かなり怒鳴り散らしていました。ところが、ちょうど楽天と提携の仕事を始める直前くらいのことですが、2歳になった次男が全然言葉が出てこないことに夫婦で気づいて。

専門医に診てもらったら、知的障がいを伴う自閉症という診断でした。2歳の頃はあまり差を感じませんでしたが、3歳、4歳と成長するにつれ、周りの子どもたちとの差が決定的になっていく様子を毎日見せつけられるわけですよ。

すると親としては何を考えるかというと、たった一つで「この子のいいところは何か」と、それだけなんです。じっと観察して、ちょっとした変化を見つけては大喜びして、朝から晩までずっと「この子のいいところを見つけてやろう」と考え続ける。

そうすると自然と職場でも、人のいいところが見えるようになってきたんです。人には誰だって苦手なところがあるんだから、得意なところを見つけて、それを伸ばすことを考えようと。これは次男に教わったことですし、これからもずっと一緒に学んでいくと思っています。

仲山:「頑張ればできる」からの脱却、という経験だったんですね。

都竹:「頑張らない奴がおかしい」という考えから脱することができて、本当に怒らなくなりました。

都竹淳也都竹淳也さん(岐阜県 飛騨市長)
1967年岐阜県飛騨市生まれ。1989年筑波大学卒、岐阜県庁入庁。自治体国際化協会シンガポール事務所所長補佐、梶原拓・古田肇知事秘書、総合政策課・商工政策課課長補佐、障がい児者医療推進室長を経て、2015年12月に岐阜県庁を退職。2016年3月、飛騨市長に就任し、現在1期目。「元気で、あんきな、誇りの持てるふるさと飛騨市」づくりを掲げ、幅広い分野でのまちづくりを進めている。

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