“管理者大量生産型”ではなく、“研究者クラフト生産型”の教育とは
宇田川:石先生も多くの社会人学生を指導なさっていますよね。社会人学生の問いの変化に関して、どうお考えですか?
石 瑾 准教授(以下、敬称略):社会人の良さは、強い問題意識を持っていることですね。私自身が大学院生だったときは研究すべきテーマを探すのに苦労しましたが、社会人は最初から決めています。しかし、実務からの問題意識にこだわりすぎると良い研究になりにくいですね。また問題意識に対して、ずばりフィットするような答えを既存研究から見つけられるという思い込みを持っている方も多くて、それももったいないと感じています。
以前、私が中国で仕事をしていた大学は、MBA教育が成功したと言われていて、毎年400人くらいのMBA学生を輩出しています。いわば“管理者大量生産型の教育”です。一方、埼玉大学の大学院は“研究者クラフト生産型の教育”のようだと感じています。つまり、きめ細かな指導を施し、深みのある研究をさせるのが埼玉大学流のやりかたです。
宇田川:そうかもしれませんね。以前、MBAで教えていたことがあります。そのときから僕はあまり指導スタイルを変えていないのですが、MBAでは「で、どうしたらいいんですか?」「何か良いケース、フレームワークはないのですか?」とよく聞かれました。MBAの学生は答えを一足飛びに欲しがる傾向にあります。
しかし、我々研究者として大事にしたいのは、たとえばAmazonとアリババが同じEコマースの企業でもその実態は違うように、同じように見える現象が実は違うという点ですよね。その違いをちゃんと認識できる能力を身につけてほしい。それはやはり、“クラフト生産型の教育”のような指導でないと難しいなと思います。
石:そうですね。直接指導している院生ではないのですが、去年、私が出した課題に対し、非常に良い指摘を含む論文を提出した学生がいたのです。ただ、本人はその指摘が理論的に重要な意味合いを持つことに気づいていなかったので、一緒に論文を書いたんですよ。こういった共同作業を通じた指導は少人数の、“クラフト生産型の教育”を実践する大学院でしかできないですよね。
宇田川:そうですね。研究者が研究を指導する際には、教科書に書いてあることがいかに実情に合っていないかを指摘しなければいけませんよね。すでに存在しているツールや考え方、フレームワークなどの問題点を指摘して、それをより良いものに変えるのが研究する上では大事ですから。研究って新しい知を創造するものですよね。
毎回このシリーズでいろんな先生とお話しして思うのですが、すでにある解を対象に押し付けることよりも、研究のほうがよっぽど実践的なんですよね。自分で答えに近づけるようになるのですから。