インタビュー 社会人が大学院で研究する意味

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管理者大量生産型ではない“研究者クラフト生産型”の教育──宇田川先生が聞く社会人大学院での研究とは?

ゲスト:埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授 高端 正幸氏、准教授 石 瑾氏

[公開日]

[語り手] 高端 正幸 石 瑾 宇田川 元一 [取材・構成] フェリックス清香 [写] 和久田 知博 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] 教育 企業戦略 MBA 社会人大学院

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複雑なものを単純化することで得ること、失くすこと。根源的な問いに気づく「研究」とは

宇田川:高端先生は財政学がご専門ですが、学部では国際経済を学んでいらしたんですよね。

高端:そうなんです。発展途上国の開発援助や貧困削減の問題に関心があって、将来は修士号を取得したのちに国連や開発銀行で開発援助や途上国の問題に関われたらいいなと思っていました。それで途上国経済が専門の先生のゼミに入ったら、大学院進学の相談の際に財政学をやるように勧められたんです。開発援助や途上国の問題を仕事にするなら、「公共部門の役割」という軸があったほうが良いという先生の話に納得して財政学を研究することにして大学院に進学し、「フィリピンにおける地方分権改革」を研究しました。

 しかし研究しているうちに、フィリピンをどうすれば良いかということ以上に、日本の財政や公共部門の機能不全が著しく、まずい状況だと感じたんです。また、フィリピンの研究には自分が言語や文化などの環境的要因を肌感覚でわかっていないという限界も感じました。一度きりの人生で何をやるべきか考えた結果、日本にフォーカスを当てながら他の先進諸国との国際比較を中心に考察したいと思ったんです。

 とはいえ、根っこにある問題意識は変わっていないんですよ。財政学は経済学の一分野として位置付けられています。経済学は20世紀に学問として劇的に発展しましたが、その過程で、政治的なものや社会的なものを削ぎ落とし、効率性を達成するメカニズムを追求することで科学としての方法論を磨いてきた面があります。しかし、公共部門に関しては経済学で削ぎ落としてきたものの影響が大きいんですね。つまり、そういった経済学や財政学のあり方に抗うことを一貫してやってきたんです。

宇田川:先ほどの「経済成長を阻害しないかどうかで考えたら、消費税が財源の中心になるべきだ」といったような、短期の時間軸でかつ狭い範囲の合理性で判断することに議論が収斂しやすいということですね。条件を限定することで科学としての完成度を高めてきたけれど、現実との整合性がとれなくなってきている。

 複雑なものを単純化してモデルを組むこと自体には大きな意味があると思うのですが、単純化したモデルだけを受け継いでしまうと、何のためのモデルだったのかがわからなくなってしまいます。実はどの領域の研究も抱えている問題ですね。

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高端:そうですね。大学院でじっくり取り組むと、単純化したモデルを超えて初めてたどり着ける自分なりの問いを持てるんですよね。それが、大学院で研究する意義なのかなと思います。

宇田川:日々忙しく働く中では、割と単純に物事を考えてしまいますからね。たとえば「どうやったらイノベーションを生み出せる組織になるか」という問いに対して、このフレームワークやツールを使えばいいという答えが単純に見つかると考えてしまう。でも、その前に考えていくべきことがあって、それを考えずに一足飛びに行こうとすると、逆に遠回りになるようなことってあると思うんですよ。大学院の社会人学生の中にも高端先生と同じように、より根本的な問題に気づいて、大学院入学当初の問いから、問いの内容が変わってくる人がたくさんいますよね。

高端:いろんな方々を見ていると、謙虚に先行研究に当たって地道に作業を進めていく方は、自分が入学当初に持っていた問いよりも一段深い問いに、研究の焦点を変えられるようだなと思います。日々組織で働く中ではたどり着けない問いに気づくきっかけを与えられるのが、大学院で研究する意義なのでしょうね。

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