行動科学の知見をプロダクトデザインに応用する2つのアプローチ
前編で解説した通り、行動科学の知見をプロダクトデザインに応用するには大きく2つのアプローチに存在する。1つは、プロダクト改善のために行動変容デザインの知見を活用するもの。2つ目は、行動変容を目的としてプロダクトをデザインするものだ。武山氏は講演で、いくつかの行動変容デザインの事例が共有した。いくつかを紹介したい。
講演ではプロダクト改善のために行動変容デザインを活用するものとしていくつかの事例が紹介された。行動科学の知見をデザインへ応用する行動変容デザインを経営に取り入れているUber。そのライドシェアサービスである「Express Pool」では、待機時間の体験価値向上とユーザー離脱の回避に行動デザインの知見が活用されている。
また、イベント体験でも行動変容デザインが活用されている。2012年に開催されたロンドンオリンピックは、行動科学の知見を活用することでイベント体験を改善し、行動科学者の間では“ナッジ・オリンピック”とも呼ばれているのだという。
2つ目の「行動変容を目的としてプロダクトをデザインする」事例も代表的なものが共有された。日本では住友生命が提供する、健康増進型保険サービス「Vitality(バイタリティ)」だ。健康増進は長期的な取り組みになり、継続的に行動を変容しなければならない。このサービスでは、ステップごとに報酬を用意して行動が継続するように支援する。
また、ユーザーが行動変容を起こしやすいような工夫を提携企業と連携し提供している。まず、保険会社がApple Watchの購入代金の一部を保険加入者の代わりに支払う。ただ、継続的な運動を“サボる”と、本来の購入代金を支払わなければならなくなるというものだ。
他にもいくつかの事例が紹介された。元Googleの人事部門トップで、日本では著書『ワーク・ルールズ!』でも知られるラズロ・ボック氏が率いる企業「Humu」の事例だ。Humuでは行動科学の知見を応用した従業員のコーチング/エンパワーメントサービス「Nudge Engine」を提供している。このサービスでは、従業員のコミュニケーションがどのような行動の介入でうまく変化するかをデータベースとして蓄積している。そのデータベースから、「どのようなコミュニケーションをとるべきか」「上司への質問をこんな文章にしたほうがいい」など、パーソナルなコーチングを実現できるように“伴走”するサービスだ。
このように既に多くの応用事例がある行動変容デザイン。さきほど紹介したUberでは、行動科学を全社的に活用にできるように、研究開発組織「Uber Labs」を作り、行動科学に特化した組織としてその環境を整えている。また、デザインスクールでも行動経済学の授業が実施されており、イリノイ工科大学(IIT)では「Behavioral Economics」という授業がカリキュラムに取り入れられている。