コロナ禍で加速する「起業家社会」
1980年代半ば、ピーター・ドラッカーは著書『Innovation and Entrepreneurship(イノベーションと起業家精神)』で「起業家社会」(entrepreneurial society)の到来について述べた。情報化やグローバル化が加速する中で、個々人が「雇われ、雇用主に依存する」社会から、「起業家的に働き、社会と経済の課題解決に自ら能動的に関わる」時代の変化を予見した。
「起業家社会」への流れは、現代の日本においても現実味を帯びてきている。いわゆる「ユニコーン」と呼ばれる未上場で時価総額1000億円を超えるようなスタートアップ企業はまだ少ない。しかし、フリーランス事業者の増加や副業解禁の流れから、多くのビジネスパーソンが様々な形での「起業」をこれまで以上に身近に感じている。また、優秀な大学生の進路だけでなく、定年退職前後のシニア世代のセカンド、サードキャリアにおいても「起業」という選択肢が増えているのは間違いない。
言うまでもなく、コロナ禍がこの流れを加速している。リモートワークが一般化し、上司の指示・管理下でなくとも、仕事が進められる可能性と醍醐味に人々は気づき始めた。意思決定機能は必然的に現場に近づき、結果、社員の多くは「主体性」「挑戦」「目的設定、共有」「創意工夫」といった起業家的な発想を改めて身につけ始めている。
大企業、スタートアップ、大学、自治体などが垣根を超えて知恵とリソースを供給し合い、新事業創出を目指す「オープンイノベーション」。取り組み度合いや成否のばらつきは依然あるものの、その可能性は広がりつつある。
また、地域の課題解決に市民自らIT(情報技術)を活用して取り組む「シビックテック」は、コロナウィルス感染症の感染対策などで一躍注目を浴びる。政府や自治体に依存するのではなく、市民自らが知識と技術を活用して社会課題の解決に貢献する姿は、まさに「起業家社会」そのものである。そこで活躍する人材は、必ずしも独立した起業家だけではなく、企業に勤めながら、自身の技術と知識と時間を地域のプロジェクトに提供する、知識資本時代ならではの起業家も多数含まれている。