主役が「企業」から「市民や社会」へ変わる社会実装
蛯原健氏(リブライトパートナーズ 代表取締役、以下 敬称略):私はアジア特化のベンチャーキャピタルを経営していますが、ファンドへの資金提供はほぼ100%、日本企業です。そのため、アジアを舞台にした事業開発や、現地のスタートアップと連携したオープンイノベーションを実施したい大企業との付き合いが多くあります。今回の馬田さんの著書『未来を実装する』のテーマは日々の仕事でたびたび浮上するテーマでもあり、すごく勉強になりました。
馬田隆明氏(東京大学産学協創推進本部 FoundX および本郷テックガレージ ディレクター):私も蛯原さんの『テクノロジー思考』[1]は出版直後に読ませていただいていて、いろいろと印象に残るお話が多かったです。特に、社会的インパクトとVCの関係などは今回の私の著作とも関わる点も多いのかなと思っています。
蛯原:ではさっそくですが、なぜいま「社会実装」に注目されたのか、その背景からお聞きできますか。
馬田:はい。広い意味では、何かしらのテクノロジーを使って製品を開発し、販売している企業はすべて、もともと社会実装に取り組んでいると言えます。ただ、その社会実装のあり方やフェーズがいま、変わりつつあるのではないかと考えています。
蛯原:社会実装のフェーズ。どういうことでしょうか。
馬田:以前であれば、テクノロジーが社会へ実装される際の影響は、改善的・漸進的なものにとどまる「インクリメンタルな社会実装」が多くを占めていました。ただ、現在起きているようなデジタル技術を使ったイノベーションでは、技術の導入と一緒に制度の変化や法の見直しが必要なものや、技術に合わせて組織形態を最適化しなくてはならない「トランスフォーメーションを要する社会実装」が主流になりつつあります。この両者は少し視点を変えて考える必要があります。
漸進的な改善であれば、多くのステークホルダーもすんなり受け止められますが、トランスフォーメーションを要するイノベーションをそのまま提供してしまうとさまざまな軋轢を生み出します。だから企業には多くのステークホルダーと一緒になってテクノロジーを実装していく意識が求められています。かつての社会実装は、企業を主体とした「社会“へ”の実装」だったとすれば、いま求められているのは、社会や市民などのデマンドサイドを主体とした「社会“と”の実装」であると言えます。
これらが、社会実装に関していま起きている変化ではないかと考えています。
[1]:蛯原 健『テクノロジー思考 技術の価値を理解するための「現代の教養」』(ダイヤモンド、2019)