本記事は『3つのステップで成功させるデータビジネス 「データで稼げる」新規事業をつくる』の「第1章 なぜ今データビジネスが必要なのか」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
データビジネスの第二幕が始まる
2000年初頭以降、インターネットから生まれた大手プラットフォーマーが、無料サービスを消費者に提供するかたわら個人のデータを収集し、巨額の収益を稼ぎ続けている。それによって、ビジネスにおけるデータ活用が注目されるようになった。
また、ビジネスだけでなく、データを使ったSNSでの情報戦が、米大統領選の投票結果や、英国のEU(欧州連合)離脱を決めた国民投票にも影響を与えたことで、皮肉にもデータの持つ力に関心が集まることになる。
しかし、一部の大手プラットフォーマーやスタートアップの"専売特許"のように考えられていたデータビジネスの「第一幕」は、2018年頃から大きく潮目が変わる。
1つ目の潮目の変化は、膨大なデータを独占してきた大手プラットフォーマーへの富と力の集中に対して、EUが消費者や関係する事業者の保護を目的に、包括的な規制をかけたことが契機となった。これまで大手プラットフォーマーの独壇場であったデータビジネスは、曲がり角を迎えることになる。
2つ目の潮目の変化は、日本では2008年のスマートフォンの登場、その後のSNSの普及、さらにはコロナ禍により、社会、経済、そして人々の生活でもデジタル化が一気に進み、世の中に膨大なデータがあふれるようになったことによる。
3つ目の潮目の変化は、ビジネスにおけるデータ活用の〝民主化〟が進んだことだ。それは、データ分析に役立つ様々なツールが登場して低廉化し、また操作などのユーザービリティも向上したことで、一部の企業の〝専売特許〟と思われていたビジネスにおけるデータ活用が、様々な企業で可能になったことが背景にある。
こうした流れにより、様々な企業でのデータ活用が加速し、今まさに「データビジネスの第二幕」が始まっている。
データビジネスはどの企業にとっても「他人事」ではない
「データを活用してもっと収益が上がるビジネスはないか」、「データでもっと収益を上げる方法はないか」など、各社は新規事業におけるデータ活用を推進するようになっている。一方で、データビジネスへの取り組みは企業の収益性向上や競争力強化とも無関係でないと言える。
経済産業省の「通商白書2022」によると、近年米国や欧州の高収益の企業では、工場や機械設備といった有形資産への投資よりも、ソフトウェアの研究開発や知的資産など無形資産への投資の割合の方が高い(有形資産が2~3割、無形資産が7~8割)ことが判明している(図表1)。
逆に日本企業は、有形資産への投資の割合が無形資産よりも高い(有形資産が7割、無形資産が3割)。これが、米国や欧州企業との収益性や成長性の差につながっているとされる。
つまり、企業が競争を優位に進め、企業価値を高めていく上で、無形資産への投資が重要であるとされているわけだ。「はじめに」で述べた通り、多くの産業で市場が成熟化する中、企業は従来の主力事業での成長の限界に直面している。企業は新たな成長を求め、新規事業への投資が必要となるが、データビジネスへの投資は、無形資産への投資でもある。設備や工場などに投資するよりも、データビジネスに投資する方が企業の競争力向上につながると言える。
企業がデータビジネスを真剣に考えるように背中を押されている背景には、「攻め」と「守り」の双方の面があると考える。
「攻め」――ストック型ビジネスで反転攻勢へ
SNSなどによる情報伝達のスピードが高まり、顧客の嗜好も目まぐるしく変わる中で、商品やサービスの新陳代謝は激しく、人気のある商品の平均寿命は短くなっている。そのため、企業は"バズリ"に代表されるような一過性の売上だけでなく、末永く企業に持続的な収益をもたらすようなビジネスを志向している。
業種や業界を問わず様々な企業が、商品やサービスを一度提供して終わる売り切り型ビジネス(フロー型ビジネス)から、ストック型ビジネスへの転換を行っている。つまり、リカーリング(従量課金サービス)やサブスクリプション(定額制サービス)に代表される、継続的な価値提供で長期的な収益を得るビジネスモデルへの転換だ。
一方で、これまで売り切り型ビジネスを展開していた企業は、ストック型ビジネスに移行しようとすると次のような課題に直面していた。
- 従来の売り切り型ビジネスとのカニバリ(カニバリゼーション=従来の事業と新たな事業が競合してしまうこと)が発生する
- 代理店や量販店などを介した販売を行っている場合、利用ユーザーとの直接の接点を持っていない
ただ、近年ではサービスや料金設定のノウハウが蓄積されたことで売り切り型ビジネスとのカニバリが解消され、また、様々な企業が自社の公式アプリなどを活用してユーザーと直接の接点を持てるようになった。
その結果、リカーリングやサブスクリプションで新たに開拓できた、これまでサービスを利用していなかった新規ユーザーからの売上が、カニバリによる既存事業の一時的な売上の落ち込みをカバーしてさらに上回るようになっている。
そのため、これまでの主力事業が頭打ちになっている多くの企業にとっては、ストック型ビジネスは反転攻勢の「攻め」のチャンスとなっている。
その一方で、実際のところストック型ビジネスは、データ活用をうまく行わないと、期待するほどの収益を上げられない。それはなぜか。
ストック型ビジネスでは、「支払う料金以上にサービスを使うので元がとれている"ヘビーユーザー"」、「支払っている料金に対してトントンになっている"ミドルユーザー"」、「支払っている料金ほどサービスを使い切れず、損をしている"ライトユーザー"」、「サービスに加入したものの使うのをやめてしまった"休眠ユーザー"」など、様々なユーザーがいる。すべてのユーザーに最適な形で料金やサービスを設計することは難しく、ユーザーの離反を招きやすい。
また、リカーリングやサブスクリプションは、ビジネスモデルとして単純なために競合他社に模倣されやすく、ユーザーの離反を防ぐための販促や囲い込みの費用も高くなりがちである。
そのため重要なのは、ユーザーと常に接点を持っているという利点を活かして、サービスの利用状況(もしくは不利用状況)を分析し、サービスを利用する顧客のニーズや課題を見つけることだ。それに基づき、ユーザーの満足度が高まるような新たなサービスをタイムリーに提供していく必要がある。
つまり、ストック型ビジネスは、次のような構造になっている。
- 利用者のデータを活かしたアップセル(ユーザーにより上位のサービスへ移行してもらう)やクロスセル(ユーザーが現在利用するサービスと組み合わせたサービスを購入してもらう)があって初めて期待した収益が上がる
- データを活かしたアップセル、クロスセルが競合企業へのユーザーの離反も防ぎ、離反対策のためのコストも低減され、利益率が上がる
前述の通り、多くの企業にとってストック型ビジネスは、反転攻勢の「攻め」のチャンスになる。しかし、ストック型ビジネスは「データを活かしたビジネス」であるという認識を持たず、従来の売り切り型ビジネスの利用形態や支払い方法が変わっただけと捉えていると、「攻め」のチャンスをつぶしてしまい、また失敗に伴う損失も大きい。
実際に、様々な企業がサブスクリプションビジネスに挑戦した結果、「"モノ"のサブスクリプションビジネスは難しい」という認識が広まっている。ただ、失敗した企業の多くは、従来の売り切り型ビジネスの課金方法だけ変更し、ユーザーからの情報を取得してクロスセル、アップセルにつなげるような仕組みが欠如している。つまり、「サブスクリプションはデータビジネス」との認識が欠けている、と考えられる。
「守り」――新興プレイヤーに対抗する
多くの業界で今起きているのは、これまで「競合」と認識していた企業とは出自の異なる新興・異業種プレイヤー(既存業界を破壊するディスラプターとも言われる)が突如として登場し、従来からいる事業者の収益を脅かす、という事態だ。そうしたプレイヤーは、新しい発想とデジタル技術、そしてデータ活用を武器に、既存の業界の秩序やビジネスモデルを破壊している。
「デジタル・ボルテックス(デジタル化の渦)」という言葉をご存じだろうか。これは、「Global Center for Digital Business Transformation(DBTセンター)」が2015年に提唱したもので、次のような概念である。
- 「デジタル化できるものはすべてデジタル化される」という法則に従って、様々な業界で破壊現象が起きる
- デジタル化の波に襲われた業界に存在する企業は、どんなに抗ってもデジタル化の波に引き寄せられ、渦に飲み込まれていく
- 各業界の上位10社のうち、平均して約4社が淘汰される
2015年当時では、まずデジタル技術との親和性の高い「テクノロジー」や「メディア・エンターテインメント」、「通信」の順にデジタル化の波に飲まれ、最終的には「一般消費財・製造」や「ヘルスケア」、「公共事業」まで波及すると予測されていた。
近年の傾向を見ると、デジタル化の波は当初の予測通り、デジタル技術と親和性の高い業界から飲み込み始め、今やすべての業界に及んでいる。
様々な業界が飲み込まれる相乗効果で、年々勢いを増す波が巨大化し、資産や設備が巨大な製造業や電力・ガス業界まで急速かつ一気に巻き込んだと言える。
問題は、「各業界の上位10社のうち、平均して約4社が淘汰」という予測である。デジタル化の波に飲み込まれた企業は、業界での地位にかかわらず安泰ではなく、淘汰される可能性がある。そうならないような「守り」のためには、自社の持つデータの価値を引き出し、それを武器としたデータビジネスを開発することが必須だと言える。