ファースト・インプレッション:どうしてこの本を手にしたのか?
現在、 Biz/Zineでは、「経済学」に関する企画を検討中です。しかし、資料を集めれば集めるほど、
多くのビジネスパーソンにとって、もっと平易に、かつその知識をどのようにビジネスに活かすことができるのか
に関して、良いヒントを与えてくれる本に遭遇できずにおりました。
本書の前に読んでいた書籍が『世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア』(入山 章栄 (著) / 英治出版)です。2012年の秋に刊行された本とは言えないほど、今でも「経営学のフロンティア」を網羅的に書かれている和書であり、Biz/Zine連載でもお馴染みの入山先生の著作です。経営学で日本で語られている文脈とは全く違う最先端の潮流があるのであれば、経済学にも何か大きな変化が当然現れているはず。そんな意識がありました。その後、最近になって手にしたのが今回のコラムで紹介する『経済は「予想外のつながり」で動く――「ネットワーク理論」で読みとく予測不可能な世界のしくみ』(ポール・オームロッド (著) / ダイヤモンド社)です。
100年前の「経済学の前提」は今でも有効なのか?
本書では、100年前の「経済学の前提」となるものに疑問を投げかけます。それは「合理的経済人」という経済学における前提です。この合理的経済人は、以下のような特徴を持つとされています。
- 与えられた選択肢に対して、明確な「好き嫌い」を持ち、自身で独立して状態で意思決定する
- 何かを選択する際に、入手可能な情報を全て集めてもっとも適切な判断を下す
- その適切な判断に大きく影響を与えるのが「インセンティブ(誘因)」である
驚かれるかもしれませんが、こういう個人が経済学の主体とされており、そういう個人を前提に多くの理論が構築されています。まず、著者はここに疑問を投げかけます。現代を生きる私たちにとって、たしかに違和感をおぼえる「個人」の定義ですね。
「インセンティブ」×「ネットワーク効果」=「ポジティブ・リンキング」
著者は「合理的経済人」という前提、その行為主体(エージェント)がインセンティブ(誘因)をもとに意思決定をすることになぜ疑問を投げかけるのでしょうか。そして、何がそれに変わるものとなるのか。著者の主張の前提をみていきましょう。
本書では100年前からの前提である「合理的経済人」の選択が必ずしも当てはまらない現代を“ネットワーク効果が効いた社会”だと言います。
現代は、社会的ネットワーク(SNSなどのWEBでのネットワークに限らず、リアルな地域社会や企業組織、家族など)の影響が、個人の意思決定に強い影響をあたえる社会だと言います。ネットワーク効果とは、「人の行動・振る舞いなどを見て、自分の好みを他の人にあわせてしまう」ことをいい、「模倣」する戦略が進化論的にも脳科学的にも正しい根拠があるとしています。
著者は人の行動に与える影響としての「インセンティブ(誘因)」を否定しているわけではありません。「インセンティブ(誘因)」のみで個人の選択・意思決定を考えることに疑問を投げかけます。著者は、「インセンティブ」×「ネットワーク効果」を、原著タイトルにもある「ポジティブ・リンキング(Positive Linking)」だと言います。このポジティブ・リンキングがこれからの経済学にとって「合理的経済人」に取って代わる経済学の前提を明らかにする現象だとしています。
では、次のページから著者の主張の詳細を見ていきましょう。