自分の仕事と戦略との「接点」を感じられることが重要
宇田川元一氏(以下、敬称略):ここまでの桐谷さんのお話では、kubellではかなり具体的で詳細な戦略を描き、それを部門や個人の目標まで落とし込んでいる。だからこそ「本当にできるのか?」とか「こういうやり方の方がいいんじゃないか」といった対話が生まれるということでした。実際の戦略がどのように描かれているのか、ぜひ見てみたいですね。
桐谷豪氏(以下、敬称略)::中期経営計画[1]でも公開していますが、戦略はそれよりもかなり細かいものです。
最近はそれに別の資料もつけるようになりました。戦略のスライドは最終的にはフォーマットを統一してきれいにまとめるんですが、そこにいたる過程では、各本部長が考えながらブワーッとテキストを書くんですよね。これが結構面白かったりするんです。ディビジョン長(執行役員)の頭の中が見えたり、ああでもない、こうでもないという議論の中身が見えたりして。
ですから、きれいにフォーマット化された戦略の資料とは別に、あえてフォーマット化されていない検討過程の文章も資料として付けることにしました。
宇田川:そういう資料も共有しようというのは、誰が決めたんですか?
桐谷:役員みんなで、「去年の戦略はきれいに作りすぎたね。もっと生々しくて泥臭い議論をしながら作ったんだから、そういう面も見せた方がいいんじゃない?」みたいな話をして決めましたね。
宇田川:そのほうが、社員も実感を持てるということですか。
桐谷:そうです。もっと深い対話ができるんじゃないか、という狙いです。
宇田川:それによって、個々のメンバーが自分の仕事との接点を感じられるものになるんでしょうね。良い戦略があってもメンバーの「自発性」がない限りうまくいきませんから、それがすごく大事なことだと思います。
桐谷:そういう意味では、戦略を作るのはディビジョン長や部長ですが、それをカスケードして部門や個人の目標を作っていく時には、自分たちの活動の中での発見なんかを戦略にフィードバックしてほしいと伝えているんです。
実際にやってみたら前提が変わっていくわけですから、一度作った戦略を正とするのではなく、それぞれが見たこと、聞いたこと、お客さまから怒られたことなんかも含めて全部を反映させるべきだと考えているんです。メンバーに対しては「戦略をこういうふうに変えた方がいいんじゃないですか」と言ってくることを求めています。
[1]株式会社Kubell「会社概要・中期経営計画」(June 30, 2024)
失敗を歓迎し、手を挙げる文化をつくる
宇田川:社員が「戦略を変えた方がいい」と言ってきたときに、どう扱うのかこそが重要ですよね。求めているというのは、どうやるのでしょうか。例えば評価制度に組み込むということもあると思いますが、そのあたりはどうですか?
桐谷:評価にもレイヤーによっては入っていますし、バリューにも表現されています。「正しい失敗をしようね」とひたすら言い続けています。
こういうのは率先垂範ですから、僕自身が新規事業で失敗したときは、全員が見ているチャットで「こういう理由で閉じました。大失敗でした。また新しいのやるわ」と書き込んで、それに対して周りが「大失敗だったけど、いいチャレンジだった」と反応をしたりして。みんなに「これでいいんだ」と思ってもらうことが大事だから、あえてやっています。
宇田川:なるほど。
桐谷:新規事業など何か変革を起こすとき、悪意を持ってそれを止めようと考える社員は誰もいないと思うんです。でもやっぱり、最初に「これをやろうよ」と言う人と、それを信じてついていく人が必要なんですよね。僕自身も、何か始めるときは「いいじゃん、いいじゃん」と言ってくれる人を最初に捕まえに行くという感じでやってきました。
宇田川:意外と社内に応援してくれる人がいるんですよね。
桐谷:はい。キーパーソンを見つけるために僕がやっていることは、例えばチャットの文化で「times」(近況や考え、独り言などをSNSのように投稿できるチャット)というのがあるんですけど、日々考えていることややっていることを書き込んで、他の社員もそれを見られるんです。そこで「今こういうお客さまがいて、こういうことをやっているんだよね」とか、チャレンジしている新規事業のことやアイデアをつぶやいてみると、「いいね」とか「面白そう」という反応があるんですね。そういうやり取りをしているうちに、全く別の部署のエンジニアが「やりたいです」と参加してくれたりもしています。
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