量子エコシステムの発展へ、「難しい」を「おもしろい」に変える挑戦
寺部:政府の支援が加速する中で、ユニコーン級の企業が次々と登場することも期待されますね。
佐藤:そうですね。ただし、そうした盛り上がりを生み出すためには、やはり「人材」が欠かせません。大学の量子技術関連の研究室は一定の人気がありますが、産業界全体で見ると量子分野への関心はまだ十分とは言えません。「量子は難しい」という先入観も根強く、地道な啓発活動が不可欠です。
幸い、2025年は量子力学誕生100周年にあたり、「国際量子科学技術年(IYQ2025)」として世界中で多くのイベントや広報活動が展開されます。大阪・関西万博での量子関連イベントや、文部科学省による量子技術を紹介するポスター「一家に1枚」の全国の学校への配布と特設サイトの開設などがありましたが、引き続き、関心の裾野を広げる施策を続けていきます。
重要なのは、量子技術はそれ単体では成立しないということです。様々な分野の人が興味を持ち、「自分の分野に応用してみよう」とコラボレーションを始めることで、エコシステム全体の存在感が高まっていきます。最近では雑誌『WIRED』日本版が特集を組み、アーティストの宇多田ヒカルさんが登場したことも話題になりました。多くの人に「量子って意外とおもしろいかもしれない」と感じてもらうことが、エコシステムの発展に直結すると信じています。

まず動いて、自分ごとに。「正解を求める」マインドセットを変えよう
寺部:ビジネスパーソンや企業に向けて、量子分野へどう関わっていくべきか、期待やメッセージをお願いします。
佐藤:私がビジネスの現場で強く感じてきたのは、「自ら動かなければ、何事も自分ごとにならない」ということです。まずは「量子」を、ご自身のビジネスや興味の延長線上で意識し、たとえばQ-STARのようなコミュニティ活動に触れてみる、試してみる、ということから始めていただきたいです。最初から完璧な答えを探す必要はありません。社内で小さなプロジェクトを立ち上げてみる、海外のカンファレンスに参加してみる──そうした小さな一歩が、必ず新たな展開を切り拓きます。
寺部:最初の一歩を踏み出すうえで、投資額以外にどのようなハードルがあるのでしょうか。
佐藤:最大の壁はマインドセットです。日本には「正解を求める文化」が根付いており、失敗を避ける傾向が強いように感じます。しかし、量子技術のような未踏の領域では「まずはやってみよう、失敗してもいい」という発想が欠かせません。Q-STARの代表理事でもある東芝の島田太郎社長は、「失敗してもいいから挑戦しよう」と社内に力強く呼びかけています。その姿勢が社内を前向きにし、量子分野への大胆な投資を促したのだと思います。

当初は「社長がまた突飛なことを言っている」と受け止めた社員もいたかもしれません。しかし、実際に取り組むうちに「自分も挑戦してみよう」という人が増え、組織の文化そのものが変わっていったのではないでしょうか。もちろん、すべての企業で経営トップが量子技術を深く理解し、推進しているわけではありません。「量子はまだ先の技術だ」と距離を置く企業も多いでしょう。そうした中でも、部長や課長といったミドル層の方々が「失敗してもいいから、まずは自分の裁量の範囲でやってみよう」と動けるかどうかが鍵になります。私たちは、そうした挑戦者の背中を押せるような環境づくりを進めていきたいと考えています。
寺部:量子技術は長期的な視点が必要ですが、企業では短期的な利益が優先されがちだという点が難しいですよね。

佐藤:おっしゃる通り、量子技術は現在一種の「ブーム」にありますが、あらゆる先進技術がそうであるように、いずれは期待が先行した「幻滅期」が訪れます。その局面で支援や投資が途絶えてしまう企業も出てくるでしょう。しかし、その苦しい時期を乗り越えた先にこそ、本当の大きな成長が待っています。国としても、この「ハイプカーブ」の幻滅期を見据えた継続的な支援を続けていきます。企業の皆様にも、短期的な熱狂に流されることなく、腰を据えた取り組みを続けてほしいと願っています。
2000年代のインターネットバブルが崩壊した時も、すべての企業が撤退したわけではありませんでした。むしろ、あの冬の時代を乗り越えて事業を続けた企業が、現在の巨大なインターネット社会を形作ったのです。量子技術も、必ず同じ道をたどると信じています。