「管理可能性」なきKPIは毒になる。現場のやる気を引き出す仕組みとは
戦略の方向性が共有されたとしても、それを実行へと導く具体的な「仕組み」がなければ、日々の業務の中で形骸化してしまうのはよくあることだ。「戦略を実行に移す『仕組み化』」というテーマに関して、まず「KPI(重要業績評価指標)の設計」について議論が行われた。
場合によってKPIは、現場のモチベーションを削ぎ、意図せぬ副作用を生む諸刃の剣となり得る。青木教授は、望ましいKPIが持つべき最も重要な性質として「管理可能性(controllability)」を強調した。
管理可能性の原則とは、「業績指標は担当者の努力によって改善できるものであるべき」という考え方だ。この原則によれば、「権限と責任」はできるだけ一致していることが望ましい。部下が自身の努力や工夫ではコントロールしようのない要素によって評価が左右される仕組みは、著しく公平性を欠き、当事者の意欲を奪う。
青木教授は、この「管理可能性」を徹底している事例として、京セラやJALが導入する「アメーバ経営」、オムロンの「ROIC経営」を挙げる。たとえば京セラでは、現場リーダーを評価する際、その人たちが直接コントロールできない人件費は業績評価指標から除外されている。同様にオムロンでは、各事業部のROICを算出する際、本社が保有する共有資産や本社共通費をできるだけ含めないよう細かく設計されているという。
「自分たちでコントロールできないものがドカンと降ってきて利益が減り、それで文句を言われると、やっぱりすごく腹が立つわけですよね」という青木教授の言葉に、会場の多くが頷いていた。
一方で香川氏は、日清食品におけるKPI設定のリアルなプロセスについて語った。「走りながら修正していく」というアジャイル的なアプローチが重要だという。
「KPIは神学論争となりやすく、設定するときに意見が合わないことは、どんなに議論しても永遠に完全には合わないんです。だから、まずは始めてしまい、走りながら修正していく。レビュープロセスで『このKPIって、最終の会社のアウトプットとしてのパフォーマンスとあまりリンクしてないのでは?』といった対話を繰り返し、徐々に修正していくほうが良いと思うんです」(日清食品HD・香川氏)
さらに青木教授は、モチベーションの代表的な理論である「期待理論」のフレームワークを提示。これは「努力→成果→報酬→満足」という連鎖に注目する理論である。このフレームワークによれば、人のコミットメントは、「1:努力すれば成果があがる」「2:優れた成果をあげれば報酬が得られる」「3:その報酬が自分にとって満足のいくものである」という3つの期待が担保されて初めて高まるという。

このなかで、管理会計やKPI設定が直接的に担うのは、まさに1の「努力すれば成果があがる」という期待感を醸成することに他ならない。管理可能性の高いKPIは、このポジティブな連鎖を生み出す起点として、極めて重要な役割を担っているのである。