人材育成で直面した経営上の課題
大角:LifeScan Japanの場合、ジョンソン・エンド・ジョンソン発という強力な背景があるため「企業の壁」はクリアしやすいかと思います。その上で「人の壁」が大きな課題になったということでしょうか。
西川:おっしゃる通りです。企業としての信頼という土台はある中で、次なる課題は、営業社員がいかに早く医療従事者のパートナーとして活躍できるレベルに到達するかという点でした。
裏田亜里沙氏(以下、裏田): 弊社の採用は中途採用のみで、その約半数が自動車メーカーや不動産など異業種から医療の知識が皆無な状態で入社される方です。独自の育成プログラムを用意していますが、それでも会社の求める営業スキルレベルに達するまでに、平均で約4年かかるというデータがありました。この育成期間をいかに短縮し、社員に早期に活躍してもらうかが経営上の大きな課題でした。

大角:4年というのは長いですね。研修制度が整えられているにも関わらず、それだけの期間を要するのはなぜでしょうか。現場に出るようになってから壁を感じるということでしょうか?
裏田:現場に配属された後、特に新人や異業種出身者は、一人で考えて行動する中で多くの悩みに直面します。もちろん、新人にはメンター担当が存在し、上長やチームメンバーも日々密に連絡をとりアドバイスをしますが、基本的には一人で営業活動をしています。そのため、「こんな初歩的なことを聞いてもいいのだろうか」「今先輩は忙しいのではないか」といった不安や懸念がよぎり、相談するのを渋ってしまうこともありました。
鍵は9年分・4,000件の“良質な成功事例”。AIアシスタントの開発
大角:なるほど。初期の集合研修だけではカバーしきれない、現場での実践フェーズにおける「孤独」や「相談しにくさ」を解決するために、AIの導入を考えられたのですね。
裏田:はい。「夜中でも早朝でも、気になった瞬間にすぐに聞けるパートナーのような存在」をAIで実現できるのではないかというのが出発点でした。
大角:具体的にはどのようなAIシステムを構築したのでしょうか。
裏田:PCやスマートフォンからチャット形式で利用できる営業支援システム「MAIA Japan System」(MAIA=Multifunctional AI Assistant)を構築しました。たとえば、新人が「看護部長と関係構築して製品提案をしたいのですが、どうすればいいですか?」といった漠然とした質問を投げかけても、AIが過去の成功事例を基に、具体的なアプローチ方法を整理して提示してくれる仕組みです。

西川:製品関連資料、各種トレーニング資料、各種規定、そして過去の成功事例など、社内に蓄積された膨大なナレッジをすべてAIにインプットしています。これにより、たとえば面談準備で困った際に、過去の成功事例から有効なアプローチの切り口をAIが提示してくれます。「あの臨床データの数値は何パーセントだったか」といった細かいエビデンスも、すぐに確認できます。

大角:AIの精度を高める上で、重要だった点は何でしょうか。
西川:このシステムの強みは、約9年分、4,000件以上にも及ぶ成功事例が質の高い文章として蓄積されていたことです。弊社には、成功体験を単なる自慢話で終わらせず、「なぜ成功したのか」「どうすればもっと良かったか」という反省点まで含めて構造化し、ナレッジとして共有する文化が根付いていました。
いくら良いAIという“道具”があっても、“素材”である良質なデータがなければ意味がありません。この長年蓄積されたナレッジという資産が、AIと掛け合わさることで大きな力になりました。