組織の癖で使い分ける、新規事業マネジメントの3つのパターン
組織の癖を理解したら、それを踏まえて新規事業の目標設定、意思決定プロセス、自社の強み・弱みなどを考慮し、マネジメントの型を検討します。主要なパターンとして「トップダウン」「ボトムアップ」「出島」の3つを紹介します。
なお、いずれのパターンを採用する場合でも、意思決定のプロセスと基準を明文化し、経営と現場で共通認識を持つことが共通の成功要因となります。これを事前に取り決めることで、現場と経営のギャップは埋まりやすくなり、現場が「答えのない問い」に悩み続ける状況を回避し、建設的な議論が可能になります。
トップダウン:経営主導で大きな事業を目指す
経営層が事業テーマの決定から推進まで、強いコミットメントを持って主導するパターンです。
適している企業例
- 目標事業規模が大きい企業:数百億〜数千億円規模の事業創出を目指す
- 大きく動くのが得意な企業:方針が一度定まれば、全社を挙げて組織的に動ける
- 経営トップのリーダーシップが強い企業:オーナー企業など、トップの意向が組織に浸透しやすい
トップダウン型では、自社の既存リソースに縛られず、社会課題や業界課題といったマクロな視点から事業を着想します。目標事業規模が大きい場合、そもそも扱う課題が大きくなければ、事業のスケールは見込めません。我々は「課題の大きさ=市場ポテンシャルの大きさ」と捉えており、巨大な課題に着目することから始めます。
その上で、「どの課題を解決すべきか」を起点に、必要なリソースは外部から調達することも視野に入れて事業を設計します。現代では、経営の強い意志とコミットメントさえあれば、社内外から資金や人材を集めることは可能です。
このパターンの好例がトヨタ自動車です。豊田自動織機を源流とする同社は、トヨタ自動車、トヨタホーム、ウーブン・バイ・トヨタなど、創業家の強い意志に基づき新事業を次々と立ち上げてきました。また、大和ハウス工業も、成長領域を明確に定めた上で、データセンターや物流といった領域でトップクラスの顧客とジョイントベンチャーを設立するなど、出資や協業を巧みに活用しながら事業を拡大し続けています。
このパターンのメリットは、インパクトのある事業規模と、経営のコミットメントがもたらすスピード感です。一方で、デメリットは、現場との共通認識が欠如した場合に「笛吹けども踊らず」の状態に陥るリスクがあることです。成功の鍵は、経営層が方針を明確に示し、本気で現場を後押しすることで、組織全体の当事者意識を醸成することにあります。
ボトムアップ:現場からの継続的な事業創出
新規事業の検討プロセスを仕組み化し、現場から段階的に新規事業を育てるスタイルです。
適している企業例
- 事業数を目標にする企業:多数の新規事業を継続的に創出することを目指す
- 小回りが利く企業:現場レベルで素早く柔軟に動ける
- 新規事業創出が日常業務となっている企業:組織に新規事業を生み出す文化が根付いている
ボトムアップ型では、ステージゲート方式による段階的な意思決定が効果的です。リクルートやサイバーエージェントなど、多くの企業がこの手法を取り入れています。
フェーズの切り方は様々ですが、たとえば、初期フェーズではアイデアをもとに部門決裁で顧客ニーズの検証やビジネスモデルの検討を行います。次のPoC(Proof of Concept:概念実証)フェーズでは、小規模な実証実験を行います。手応えを掴めたらPoB(Proof of Business:事業性検証)へ進み、有償サービスとして提供して事業性を深く検証します。PoBが成功して初めて、経営層の決裁のもとで本格的な事業展開へと進みます。
ここで重要なのは、各フェーズで求められるアウトプットと判断基準を事前に明確にしておくことです。求める要件を段階的に設定することで、経営層から「初期段階で大規模な売上計画を求められる」「リスクの詳細ばかりを問われる」といった過度な要求を防ぎ、健全な議論を促せます。
特に、客観的な通過/撤退基準を事前に設定することは不可欠です。心理的負担の大きい「撤退」の意思決定を個人に委ねるのではなく、ルールに基づいて判断できる仕組みが、健全な「多産多死」のサイクルを実現します。
出島:本社から独立させて推進
本社での意思決定が難しい事業を、独立した組織(出島)で推進する手法です。事業を「プロセス」で管理するのではなく、一定の予算と権限を委譲し、「結果」で管理する考え方です。
適している企業例
- 経営層の新規事業経験が乏しい企業:企画を評価する判断基準が経営層にない
- 既存事業の縛りが強い企業:既存事業の力が強すぎ、新しい取り組みが受け入れられない
- 規制業界の企業:法規制などの観点から、同一組織内での事業推進が難しい
保険やインフラといった、既存事業の求心力が非常に強い企業で採用されることが多い手法です。法規制により分社化が必須なケースもありますが、事業部として独立させ、予算と意思決定権限を委譲する方法も有効です。
メリットは、意思決定のスピードが上がり、自由な発想で動きやすくなることです。しかし、本社のリソースが使いにくくなるという明確なデメリットもあります。営業網、技術、ブランドといった大企業の強みを活用できなければ、単なるスタートアップと変わりません。
この課題を解決するのが、本社と出島をつなぐ「つなぎ役」です。この役割が不在では、出島は「糸の切れた凧」のように孤立し、いずれ失速してしまいます。本社の内部事情や人間関係に精通した人物が両者の間に立ち、出島の状況を本社に共有しつつ、必要なリソースを引き出せる体制を築くことが成功の絶対条件です。
ここまで3つのマネジメントのパターンを紹介しましたが、1つのパターンに固執する必要はありません。成功企業の中には、事業の目的に応じて複数のパターンを使い分けているケースも多数あります。ただし、最も重要なのは、目的に応じてマネジメントの型を分けることです。各パターンを曖昧に混ぜてしまうと、その時々の都合のよい解釈で議論が進み、ガバナンスが効かなくなります。新規事業マネジメントは「混ぜるな危険」と心得てください。
