なぜ今、模倣不可能な「文脈」が問われるのか
セッションはBIOTOPE代表・佐宗邦威氏の10年の振り返りから開始。創業時のデザイン思考支援から「ビジョンデザイン」、コロナ禍を経て「理念経営」へとテーマを進化させてきた。
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立し戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。
佐宗氏は気候変動やAIの隆盛を挙げ「前提が覆る時代」と指摘。「予測できない時代だからこそ、一人ひとりの『意志(intent)』によるかじ取りが大事だ」とし、同社のミッション「意思ある道をつくり、希望の物語をめぐらせる」の重要性を強調した。
この「意志」の経営戦略への落とし込みを、Managing Partnerの金安塁生氏が引き継いだ。
ビジョン経営伴走としてオーナー企業の経営価値創造モデルの創出からビジョン実現までの組織変革プロジェクトや企業の目に見えない資産や歴史価値を生かした新領域事業創出プロジェクトをリードしている。他にもブロックチェーン技術を活用したトークン経済圏の構築や消費者を巻き込んだ消費 /参画を横断した街づくりなど、社会システム変革と事業収益化を両立した構想を行っている。
金安氏は「生成AIの登場で、技術や効率は一瞬で再現可能になった」と分析。従来の「機能的価値」や「感情的価値」はAIに模倣され、優位性が持続しなくなった。まさに「競争優位の終焉(しゅうえん)」だと述べた。
「これから問われるのは、事業活動の蓄積で生まれた『文脈』です。文脈とは、歴史や文化、信念を通じ、会社の存在意義を語り、実現する力です」(BIOTOPE 金安氏)
この「文脈」こそがAIにも競合にも模倣できない唯一の経営資産となるとした。
「パープルオーシャン戦略」という第三の道
金安氏は「文脈的価値」を中核に据えた新戦略「パープルオーシャン戦略」を提唱した。シェアを奪い合う「レッドオーシャン」、革新的技術で新市場を創る「ブルーオーシャン」に対し、パープルオーシャンは両者をつなぐ第三の道である。
「両者をつなぎ、競い合いで蓄積された見えない資産を再編集し、未来を創るエネルギーに変える戦略を『パープルオーシャン戦略』と呼んでいます。赤と青を掛け合わせパープルになるという用語です」(BIOTOPE 金安氏)
戦略の要諦は、過去培われた「言語化されていない見えない資産」を再構築し、未来のビジョンを描くことだ。これはシェア争いから降り、ステークホルダーと市場のパイを広げる「共創」の戦略でもある。
金安氏は、企業を理念で人と社会がつながる「関係ネットワーク」と定義。顧客は「買い手」ではなく、世界観をともに生きる「参画者」となる。この「文脈」軸の経営こそが理念経営の実践だと強調した。
ケーススタディ:銚子丸はなぜ理念を再定義したのか
「パープルオーシャン戦略」の実践例として、金安氏は銚子丸を紹介した。
銚子丸は首都圏近郊で90店舗以上を展開。セントラルキッチンを持たない店舗調理と活気ある接客を特徴とするが、市場は価格競争と自動化が進む「レッドオーシャン」だ。しかし、銚子丸は49年の歴史で培った理念を従業員が体現し、独自の価値で顧客をつかんでいる。
登壇した専務取締役の堀地氏は、きっかけが佐宗氏の著書『理念経営2.0』だったと明かす。
「われわれの考えに近いと感じ、石田さん(前・代表取締役社長)に相談して40冊近く購入し、経営陣らでディスカッションしました。そのうえでBIOTOPEさんに声をかけたのが始まりです」(銚子丸・堀地氏)
