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AI黎明期と今の量子の熱気は似ている。博報堂DYグループCAIO森正弥氏に聞く、量子×AIの未来像

ゲスト:博報堂DYホールディングス 森正弥氏

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AGIは現状のAIの延長線上では実現できない

寺部:人のように考えられる、AGI(汎用人工知能)の議論もありますが、どの程度現実味があるのでしょうか。

:イーロン・マスク氏のように「来年には実現する」と語る楽観論がある一方、米国人工知能学会の調査では研究者の76%が「現行技術ではAGIは実現できない」と回答しています。核心課題は「世界モデル」の実現です。物理法則や世界の秩序を学習し、数手先を予測しながら行動するAI像が想定されていますが、定義自体が揺れている状況です。Google、Meta、OpenAI、Anthropicに加え、ヤン・ルカン氏、フェイフェイ・リー氏、東大の松尾氏らが総力を挙げています。

 そして、その世界モデルのさらに先に位置づけられるのが全脳アーキテクチャ(=AGI)です。人間の脳が持つ全機能を実装する段階ともなれば、難易度は一段と跳ね上がります。

寺部:人間の脳はごく少ないエネルギーで動作しますが、それをコンピュータで再現できないのはなぜでしょうか。

:最大の理由は、脳のアーキテクチャが未解明であることです。意識がどのように生まれるかすらわからないまま、脳を模倣するアプローチが続いているのが現状です。もし核心構造が明らかになれば、最適化問題として整理し、量子コンピュータで効率化する道も見えるでしょう。しかし現状では、基盤となる構造そのものに到達できていない。それこそが本質的な障壁になっています。

量子AIによる「社会シミュレーション」の可能性

寺部:量子コンピュータの“キラーユースケース”として量子AIが挙げられることがあります。最もインパクトが大きい領域は何でしょうか。

:ビジネス領域では、まず「社会シミュレーション」が代表例です。サプライチェーン、人流、金融ポートフォリオといった大規模な組み合わせ最適化は、量子AIがとりわけ威力を発揮する分野でもあります。また、材料開発や創薬など、分子・原子レベルで量子挙動が支配的となる領域では、既存手法が抱えていた限界を量子コンピュータや量子機械学習が突破する余地が大きいと見ています。

寺部:マーケティングやクリエイティブ領域ではいかがでしょうか。

:新商品の売上や行動変容を高精度に予測したいというニーズは高まっていますが、現行アーキテクチャでは厳密な再現は容易ではありません。重要なのは、個々の行動原理の単純な積み上げでは見えない「システム全体の振る舞い」をどう捉えるかです。これを再現するには、より緻密なモデルが必要ですが、計算量は飛躍的に増大します。従来の計算基盤では限界が見えつつあり、この部分こそ量子技術が寄与する余地が大きいと考えています。

デロイト トーマツ グループ 量子技術統括 寺部雅能氏
デロイト トーマツ グループ 量子技術統括 寺部雅能氏

AI黎明期と重なる今の「量子AI」の熱気

寺部:現在進めている量子関連の取り組みや、今後の方向性があれば教えてください。

:博報堂DYグループでは大学と連携し、量子アニーリングを用いたシミュレーション研究も行っています。鍵になるのは「生活者発想」です。量子技術がいつ、どの形で実用化し、どのユースケースが生活者の行動や価値観をどう変えるのかを見通すこと。そして逆に、未来の社会像から逆算し、現状技術では実現できない部分を抽出して「ここに量子が必要になる」というシナリオを描くことも重要です。こうした研究と分析は今後の重要テーマになります。

寺部:AIの黎明期から動きを見てこられた森さんは、現在の量子の盛り上がりをどのように捉えていますか。

量子AI、とりわけ量子機械学習は、明らかにおもしろい局面に入っています。世界モデルの先にあるシンギュラリティ議論においても、AIが自らを超えるAIを生み出す“自己超越性”には量子的アプローチが不可欠だという見方が強まっています。

 私がAIを「世界を変える」技術だと確信したのは2006年頃です。それから約20年が経ち、当時描いていた世界がようやく現実になりつつある。量子AIに対して現在感じている手応えは、当時の感覚に非常に近いものがあります。実用化までの時間を断定することはできませんが、確かな兆候は既に見えています。

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20年後に勝つために企業が今取り組むべきこと

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この記事の著者

雨宮 進(アメミヤ ススム)

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