ポーラ化成工業が求める自前主義の脱却と「知の掛け合わせ」
会見の後半では、具体的な共創のイメージを深めるため、初期スポンサー企業としていち早く参画を決定したポーラ化成工業 執行役員の島貫智匡氏と、ZERO INSTITUTEの渡邊氏によるパネルディスカッションが行われた。
ポーラ化成工業は化粧品を主体とするポーラ・オルビスグループの研究開発と生産を担う中核企業であり、2029年に創業100周年を迎える。島貫氏は参画の背景として、海外メーカーの技術力向上に対する危機感と、次世代に向けた事業ポートフォリオ拡大の必要性を挙げた。化粧品という既存領域にとどまらず、ウェルビーイングや社会課題の解決といった分野へ事業を拡張していくためには、従来の社内リソースや既存の産学連携では得にくかった多様な知を結集する狙いがあるという。
島貫氏はディスカッションの中で「イノベーションは知恵と知恵の掛け合わせから生まれる」と述べ、そのためには血の通った濃密なコミュニケーションが不可欠であると指摘した。自前主義からの脱却を図り、企業にとって「コスト」である時間を節約しながら、優秀な外部人材との出会いをいかに創出するかは、多くの企業が直面する課題である。100年の歴史を持つ企業であっても、AIをベースとした最先端の研究環境を単独で構築することは容易ではない。世界中の優秀なスター研究者とのネットワークをいち早く構築することは、企業にとって死活問題に近いほど経営に直結する重要な戦略として位置づけられている。
短期的な取り組みとして、同社は現在の主力事業との親和性が高い健康・長寿やニューロサイエンスの領域から協業の糸口を探る意向を示した。人間の五感が相互に影響し合う現象の解明や、病気未満の段階での健康改善アプローチなど、サイエンスの力を用いて日常生活の質を向上させる手法を探求する。中長期的な展望としては、ウェルビーイング領域における新たな価値創造や、まだ顕在化していない社会課題の解決を目指し、本枠組みを一つの成功事例として育て上げる強い意欲を見せた。
実践的な交流で「研究とビジネスの両輪」を回すエコシステム
続くパネルディスカッション後半では、インスティテュート長の東北大学電気通信研究所教授・羽生貴弘氏と事業統括の佐藤氏が加わり、大学側の視点も交えた議論が展開された。
ZERO INSTITUTEでは、包括的な契約によってつながるモデルを実効性のあるビジネスへと昇華させるため、バーチャルなネットワークにとどまらない実践的な交流の場が設計されている。佐藤氏によれば、スポンサー企業と参画する若手研究者が直接対話できるクローズドなオフサイトミーティングを定期的に開催する予定だという。さらに、企業担当者が国内外の研究者の活動拠点を直接訪問し、より深い技術議論や事業化に向けたディスカッションを行う機会を設けるなど、密な関係構築を支援する仕掛けが組み込まれている。
また、大学内への還元という観点でも、本プロジェクトは重要な役割を担う。同拠点で展開される、若手研究者がグローバルな視点でスタートアップを起業し社会課題を解決するというプロセスは、東北大学内に在籍する多数の教員や学生に対して強力な刺激となる。東北大学は国際卓越研究大学の認定を受けており、学内の規制を緩和し、教育や研究の枠組みを柔軟に変化させる構想を進めている。同拠点の活動を通じて得られた知見は、学内の教育システムや他の共創プログラムへと還元される計画である。
パネルディスカッションの終盤、羽生氏は国際卓越研究大学としての使命に触れた。海外で活躍する日本の若手研究者が、現地の研究機関に残ることが制度的かつ環境的に難しくなっている昨今の状況を指摘し、本拠点が彼らの能力を日本社会で最大限に引き出すための重要な受け皿になると強調した。ポーラ化成工業のような企業の賛同を得てこの受け皿を強固にすることで、産学連携の活動領域はさらに広がると展望を語った。
特定の技術課題を解決するための受発注的な関係にとどまらず、研究とビジネスの両輪を回せる人材をともに支援する同拠点の取り組みは、日本の新規事業創出における新たな試みとなる。有望な研究テーマへの早期関与と事業化検証を進めることで、既存事業の延長線上にない新規事業を生み出すことができるか。企業と大学が対等なパートナーとして市場課題に挑む、新たなオープンイノベーションモデルの今後に大きな期待が寄せられている。
