本記事は『12週間MBA 現代のビジネスをリードするために必須なコアスキルを身につける』(原著:ビョルン・ビルハルト、ネイサン・クラックラウアー 翻訳:小金輝彦)の「第18章 組織としての熟考とその遂行」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
なぜ会議は堂々巡りになるのか? 意思決定における3つのアプローチ
マネジャーのチームが私たちのトレーニング・シミュレーションをするときに、議論を終わらせて1つの明確な結果を選択する手順を定義できないことがよくある。選択プロセスが事前にきちんと定義されていないと、チームが堂々巡りして貴重な時間をつぶしているあいだに世界のほうが先に進んで彼らのために選択をしてしまうこともある。クロージング・メカニズムや決定を下す方法はたくさんあるが、私たちは、「コンセンサス(合意)」「多数決」「独裁」という3つのおおまかなタイプに焦点を当てていく。これらのメカニズムには、それぞれ強みと弱みがあるが、それらはどうやって比べればいいだろうか? この3つの意思決定手順を検討する際は以下の疑問をみずからに問うことになる。
- 選択プロセスは時間やそのほかの資源の点で、どれくらいコストが掛かるか?
- チームメンバーはどの程度その決定にコミットしているか?
- 説明責任はあるのか? チームは、その決定の結果からどの程度まで学ぶことができるか?
(1)コンセンサス
私たちのリーダーシップ・トレーニング・シミュレーションでは、参加するチームが自分たちの意思決定をコンセンサス主導型だと述べることが多い。どう見ても違うときでも! この偽りの陳述はコンセンサスが実際には到達するのが難しく時間が掛かるプロセスでも、いかに目指すべき理想だと思われているかを示している。全員が合意していれば、入手可能な情報を使って最善の選択肢が選ばれ、誰もがそれに全力を尽くすはずだから?
コンセンサス型の意思決定は、困難だが魅力的な理想に見えるかもしれないが、ダークな側面を持っている。コンセンサス型の意思決定は、社会的ジレンマを生み出すのだ。なぜなら、誰かがコンセンサス構築のプロセスから外れてしまうことがあるし、選ばれた選択肢が、譲歩の産物である場合が多いからだ。こうした譲歩は、費用が掛かり、不適切で、かなりの弊害をもたらすことがある。「よし、ジェーンの戦略計画でいくことにしよう。ただし、トムの部門が10%増の予算を確保し、ディックが昇進して、来年はハリエットの戦略計画を実施することが条件だ」。コンセンサスの構築は氷河のように進みが遅く、結果として誰も関心をもたないような、がらくたの寄せ集めに終わってしまうことがある。
チームのリーダーシップ文化が面倒な駆け引きを避ける助けになることがある。だが、その場合でも、チームがコンセンサスに達するのは、結果と確率がわかっているような、最も無難な決定をするときだけかもしれない。コンセンサスに達する必要性が新製品の発売や異例な経歴をもつ人物の雇用といった、興味深く重要な決定に取り組むのを阻んでしまう可能性がある。
最後に、もし、コンセンサスによって動いているチームが、望んだ方向に進まない決定ばかりしているとしたら、そのチームはそうした失敗から何を学ぶことができるだろうか? 誰に責任を負わせ、パフォーマンスの改善に向けて誰を指導し、必要な場合は誰を意思決定プロセスから外せばいいのか? コンセンサスは、(達成が困難な)理想とはほど遠く、たとえ「首尾よく」成就したとしても独自のリスクを抱えている。
(2)多数決
多数決は不毛な議論をともなう効率の悪い駆け引きと、結論に到達するまでの時間の両方を削減し、合意形成を簡略化することができる選択プロセスだ。最も興味深い決定は結果と確率を数値化するのが難しく、さまざまな人が異なる意見を出すものであることが多い。深刻な不確実性に直面すると、チームメンバーはひたすら同意しないことに同意せざるをえないかもしれない。さらなるデータをいつまでも求めつづけて分析麻痺に陥る代わりに、多数決がチームを行動に駆り立てる場合がある。多数決による決定には、少なくとも大多数が同意しているからだ。
だが、コンセンサスと同じで、多数決の場合も決定した結果がうまくいかなかった場合に誰が責任を負うべきかが明確とは言えない。状況が複雑で不確かなときは、誰か1人の責任を指摘してもほとんど意味がないかもしれない。だが、日常的な決定に多数決が取り入れられると、間違った選択が繰り返されたとしても責任の所在が曖昧なままになってしまう。
(3)独裁型
1人の人物に決断を下させるという、好まれているとは限らないが昔からある意思決定の手順が説明責任の問題に対処している。意思決定の権限が1人の人物に与えられた場合、その人物は、称賛と権威のはく奪という2つの是正措置の対象となり得る。
リーダーがすべてを決めるチームのメンバーは、まったくの無力なのだろうか? ある意味ではそうであり、ある意味では違う。チームの役割が選択肢の提案であって、決定への参加ではないときは、説明責任の重さに耐える必要がないので、気が楽な場合がある。決定に関する責任を負わなくてすむのならば、自己検閲をあまり行わずに自由に奇抜なアイデアを提供できるかもしれない。たとえ最初の提案が独裁的な決定者によって拒否されたとしても、そうしたアイデアが出てくるだけで議論を新たな実りある領域に引き込む可能性がある。
説明責任は独裁型モデルを支持する主要な論拠であり、ほとんどの組織がこのモデルを展開する傾向があるのはそのためだ。多数決やコンセンサスによる意思決定は、独裁型よりも時間が掛かるというのが一般的な認識だ。それは、『スター・ウォーズ』前日譚(たん)3部作の中心的なテーマとなっている。そこでは、果てしない論争や銀河元老院の怠慢を排除して、平和と秩序をもたらすというのが、皇帝パルパティーンの謳(うたい)文句となっている。だが、独裁的な意思決定者が多数決のチームよりも効率的だったり決断力があったりするとは限らない。賛成か反対か投票するだけならたいした時間を掛けずに結論を下せるからだ。その一方で、私たちは非常に決断力に欠ける経営幹部も何人か知っている。だが、そうした決断力のないリーダーもその優柔不断さが悪い結果をもたらしたときは、責任を負わされる。
いずれにしても、時間が掛かるのは、選択肢を討議して情報を収集する「定義」の段階だ。この段階には、独裁的な決定者の下でも、同じだけの時間が掛かる場合がある。こうしたリーダーは定義段階を早めに切り上げて命令を発することで時間を節約しているように思えるかもしれない。だが、その場合、はたしてチームの全面的な協力を得られるだろうか? そうした決定者はその論拠を説明するのにちょうど同じくらいの時間を費やさなければならなくなる可能性が高い。独裁的な決定者はコンセンサスや多数決による手順と同じくらい密接にチームを関与させないと、なかなか協力的に動いてもらえないだろう。
全員の合意は不要? コミットメント不足を補う組織連携のメカニズム
個人と同じように組織も遂行に失敗することがある。それは、決定が上から下へ伝わる過程で最初の決定やほかの決定とうまく足並みがそろわなくなることがあるからだ。遂行段階は連携がうまくいくかどうかにかかっていて、組織が大きくなるほど連携はますます難しくなる。
当然ながら、決定事項を下のチームに伝えるのが最初の課題となる。そこが第12章で触れたコミュニケーションのループを閉じる能力の見せどころだ。だが、同僚とコミュニケーションを取るのが難しい以上に、同意できない決定の遂行に全力で取り組むのはどう考えても難しい。
3つの意思決定手順のすべてにおいて、私たちは、全員がその決定に賛成しているかどうか確信することができなかった。多数決の場合、少数派は当然ながら同意していない。独裁型の場合は多数派の反対に遭うかもしれない。コンセンサスさえも誰も本当はコミットしていないという妥協のもとに成り立っている可能性がある。コミットメントの欠如はチーム内でも遂行を困難にしかねない。典型的な大企業は多くのチームの行動を連携させなければならない。たとえば、1つのチームが決定を下し、別のチームはほとんど何も言わずにそれを実行しなければならない場合があるからだ。組織は相互に関わり合う多くのチーム全体におよぶ遂行の問題をどのように克服しているのだろうか?
第1に覚えておくと役に立つのが、「合意」対「連携」という区別だ。あなたと2人の友人は好きなレストランに関して、「合意」することはまずないかもしれない。だが、おそらくこうした対立はジャンケンやコイントスで解決してきたはずだ。結果に拘束力があることに全員が同意している限り「連携」することは可能なので、全員が同じ場所に集まり、活発で楽しい時間を過ごすことができる。合意は永遠に達成できないかもしれないが、連携は現実的だ。それでは、組織はどのように連携を図っているのだろうか?
組織は、素朴にインセンティブ、つまりアメとムチを活用している。あなたがある決定に同意しようがしまいがいったい誰が気にするだろうか? あなたは遂行することで報酬を得ているのだ。遂行しなければ解雇されてしまう。それだけの話だ。もちろん、物事はそれほど単純ではない。たとえ、同意していない人の熱意を買ったり、同意しない人を解雇したりすることが可能だったとしても、組織がそれを実行するには膨大な費用が掛かる。本書ですでに述べたように費用の掛かるインセンティブ制度がなくても共通の目標に向けて全員を連携させることのできる企業は、競争上の優位性を持つことになる。

