本記事は『12週間MBA 現代のビジネスをリードするために必須なコアスキルを身につける』(原著:ビョルン・ビルハルト、ネイサン・クラックラウアー 翻訳:小金輝彦)の「第10章 価値の創造」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
企業の価値創造と現場のプロジェクト評価
企業の評価に携わったことのあるマネジャーは少ないが、すべてのマネジャーが価値の創造には関わっている。私たちが個人的にそして職務や責任に関係なく、どのように株主価値につながっているかについてより理解を深めておきたい。
あなたは企業の評価にはほとんど関わっていなくても、長期にわたる利益を創出するために即座に金融資産を投入する必要がある投資プロジェクトの価値の評価には貢献しているかもしれない。
そうしたプロジェクトを評価するのに使われるツールは、企業を評価するときと根本的には変わらない。価値創造についての理解を深めるためにこれからプロジェクト評価を簡単に考察していく。
本章の終わりに、最初に提起した「株主価値はステークホルダー価値について、何か有用なことを教えてくれるのか」という問題に立ち戻る予定だ。
わずか数時間で激変した企業価値──ネットフリックス
「だから何なの?」という問い掛けに答えるために、参考になる例としてネットフリックスを取り上げることにする。2022年の第1四半期に加入者が20万人減ったことをネットフリックスが報告すると、1日で株価が348ドルから226ドルに急落した。どうしたら企業の価値がわずか数時間でこれほど劇的に変化するのだろうか?
先に論じた割引キャッシュフロー法(DCF法)に基づいて、ネットフリックスの報告が評価のためのデータにどんな影響を与えた可能性があるかを見てみよう。ネットフリックスに関して完全なDCF分析を行うつもりはない。
その代わり、投資家たちがエンターテインメント動画配信サービスのサブスクリプションから生まれる将来キャッシュフローの流れを予測したとき、どんな希望や不安が彼らの頭をよぎった結果、ある日には1株348ドルで、翌日には226ドルで株を売却する気になったのかを、想像してみよう。
(1)修正見込み
2022年4月19日、ネットフリックスは加入者が20万人減ったことを発表した際、将来さらに200万人の加入者を失う恐れがあることに言及した【※1】。だが、投資家が把握していた(そして、間接的・直接的に評価計算の要素に入れていた)以前の見込み(1月10日に発表された2021年第4四半期の報告書)では、加入者は20万人減るどころか、250万人増えるはずだった【※2】。さらに、1月10日付の報告書は楽観的な評価に満ちていて、投資家はそれを期待値と348ドルという株価に織り込んでいた。つまり、4月20日には、投資家は220万人の既存加入者の減少だけでなく、それまで期待されていた数百万人の新規加入者の消滅も評価していたことになる。
※1 Netflix, Inc., “First Quarter 2022 Earnings,” 4.
※2 Netflix, Inc., “Fourth Quarter 2021 Earnings,” 2.
(2)サプライズ
それまで想定されていた成長は、将来キャッシュフローの予測から除外された。ネットフリックスの経営幹部たちは、こうなるとは予想していなかった。250万人増から20万人減へ変わってしまった予測ミスと状況の劇的な変化がネットフリックスの需要予測能力に対する信頼を損なってしまった。温かく穏やかな気持ちが徐々に消えると、不信感が生まれる。
(3)サブスクリプション・モデルの再評価
サブスクリプション・モデルの魅力の一部は、定期的な将来キャッシュフローに高い可視性をもたらす点にある。だが、エンターテインメント動画配信のサブスクリプションは縛りが弱い。いつでも好きなときに解約が可能だ。
顧客にその程度の自由を与えることは、エンターテインメント商品の場合は、理にかなっている。顧客が予算に関する柔軟性をつねに保っていたいと思う類いの商品だからだ。動画配信契約があまりに多くのコミットメントを押しつけるようだと、そもそも多くの人が契約をしないだろう。
だが、新規の加入者が純増しつづけている限り、それが投資家に対してサブスクリプションが定着していることを示すエビデンスとなる。だが、単一四半期の解約の純増によって、投資家は前提の見直しを迫られることになった。ディズニープラスやアマゾンプライムのような異なるプロバイダー間を顧客が容易に行き来できる動画配信のサブスクリプションは、2年間の電話サービス契約と比べて予測可能性がずっと低くなる。
(4)エンターテインメントの予測不能性
加入者を引きつけて定着させるためにネットフリックスやほかの動画配信サービスは多くのオリジナルコンテンツを制作してきた。人々がツイートしたり話題にしたりするような映画や番組を配信できれば、毎月膨大なキャッシュフローが得られるからだ。
ネットフリックスは2021年に『イカゲーム』でそうしたヒットを記録したばかりだ。このドラマの成功は当該年度末のネットフリックスの業績があれほど好調に見えた理由の1つだった。だが、必見のコンテンツを制作するのは費用が掛かるだけでなく予測が不可能だ。全ラインアップのうち、韓国の残忍で暴力的なドラマが世界の視聴者を魅了すると期待していた人がはたしてネットフリックスにいただろうか。
動画配信サービスのプロバイダーとその投資家たちが学びつつあるのは、クリエイティブな産業はハイリスク・ハイリターンを特徴としていて、そこでは1つのヒット作が何十もの失敗作の埋め合わせをすることがあるということだ。加入者の減少は単なる悪いニュースではなかった。すでに報告されていた前四半期のいいニュースが本質的に予測可能性が低くコスト集約的なビジネスモデルにおける、一時的な盛り上がりにすぎなかった可能性を示唆していたのだ。
これらは、2022年4月以降、ネットフリックスの投資家の頭に渦巻いていたかもしれない考えの一部にすぎない。投資家がネットフリックスを再評価して、226ドルが4月20日に売却するにふさわしい価格だと判断した唯一の理由などではない。わずか1日前には、同じ投資家が300ドル以上の価格でも売りたがらなかったというのに。ネットフリックスのストーリーは、最新ニュースがいかに企業の将来に関する成長性、収益性、安全性の見直しを迫ることがあるかを説明している。
現場の選択に潜む「トレードオフ」が企業価値を左右する
私たちが一緒に仕事をしている多くのマネジャーは、自分たちが直接的もしくは間接的に、どのように売上と費用に貢献しているかをきちんと理解している。キャッシュフローの創出に関しては、おそらくあなたは自分がキャッシュフローにどのように影響を与えているかを把握することができるはずだ。ただし、大企業におけるあなたの影響は非常に小さなものかもしれない。
とはいえ、少なくともあなたの給与は額が決まっていて、損益計算書の費用項目の1つとして載っている。だが、あなたは資本コストに有意義な貢献をしているだろうか? 最低利益を説明するときに私たちが使った精度を考えてみてほしい。5.27%というように、せいぜい小数点2桁までだ。どれだけの推測が入っているかを考えると、それ以上の精度を求めても意味がない。
あなたの個人的な行動がもたらす影響は、とても小さくて基本的には測定不能なものであり、投資家の感情、中央銀行の方針、その日みんなの関心を集めた何らかの最新ニュースがもたらすより大きな動きに飲み込まれてしまうだろう。そのため、その日、仕事を終えて家に帰り、「ハニー、今日はうまくいったよ。資本コストを0.005%引き下げて、100万ドルの価値を創造したんだ!」などと言う人は誰もいない。
それでも、異なる価値のドライバー間にどんなトレードオフがあるかは知っておく必要がある。販売担当のあなたは単独で担当地域の売上を3分の1増やすような商談をまとめるところだとする。もちろん、すばらしいニュースだ。だが、その商談は費用にはどんな影響をもたらすのか? 固定費を増大させ、のちに損失が増えるリスクが必然的にともなうのだろうか? あるいは、現金の支出をともなう新たな長期的投資を必要とするのか? あなたの会社はその1つの契約にどれだけ依存することになるのか?
あなたが、生産側の立場だとしよう。あなたは非常に簡単に思えて、持続的なコスト削減につながる投資のアイデアをもっている。だが、そのコスト削減のあなたの目算は市場が縮小している製品の売上に基づいているだろうか? あなたの計画が消費するはずの現金は、新しい顧客を引きつけたり、新製品を創出したりするのに、もっと効果的に活用できるのではないか? あるいは、あなたはHR部門にいて、会社の人的資本を築くのに必要と考えている予算を獲得するのに苦労しているとする。あなたのアイデアがスキルセットの構築のための支出を増やすだけでなく、従業員が辞めて競合他社に流れるといったリスクを軽減するものだと説明すれば状況がよくなるだろうか?
キャッシュフローの予測とリスクの評価に関するいくつかの考察について考えてみよう。主要な検討材料として、企業の過去の業績がある。期限どおりにローンを返済したか、売上と利益の見込みを立てて確実にそれを達成したか。誰の行動がそうした業績を生むのだろうか? それは、あなたの行動だ。そして、加入者の増加に関するネットフリックスの楽観的な見通しは、どこからくるのだろうか? それは、あなたからだ。上下双方向に、そして組織を横断して流れる、売上から顧客満足、在庫水準、サプライヤーの健全性、そしてシンガポール現地法人の地元の口座にある現金までのすべてに関するさまざまな報告をもとにつくられているのだ。
投資家は、経営幹部によって共有される情報を頼りにしている。だが、経営幹部は情報収集ネットワークとマネジメントと呼ばれる判断から学んでいること以外は何も知らない。投資家は、グローバル経済のなかで有利な立場にいるように見えるかもしれないが、彼らが権利を主張する価値は実質的には経営幹部に対する信頼の上に築かれている。これらのビジネスリーダーたちは領土の全権を握る支配者のように見えるとしても、その力は投資家に対して約束をして、その約束を確実に守る能力から生まれるものだ。経営幹部は、約束を守れないこともあれば、同じくらい重要なのだが、どんな約束を独断ですべきではないかがわかっていないこともある。
日々の価値創造は、会社を成長させ、より収益性を高めるためにあらゆるレベルのマネジャーが自ら管理するリソースを動員する能力に集約される。また、経営陣が株主の期待を形成するために使用する情報を流すことも必要である。経営幹部は信頼のおける、そして確実な結果と情報をもたらしてくれるチーム(実際には組織全体)を頼りにしている。信頼は価値の中心をなす。人々のあいだの信頼関係がものを言うのだ。
こうした信頼関係の重要性が、本書の「パートⅡ 人」で解説する焦点となる。

