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経営変革の「思想」と「実装」

宇田川教授と語る、経営における「A面」と「B面」──「経営の喪失」から脱却するための「良い負け」とは

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 「うちの会社には危機感がない」「変革を掲げているのに、現場が動かない」。多くの経営層や変革推進者が抱くこれらの悩みは、なぜなくならないのか。気鋭の経営学者・宇田川元一教授は、著書『他者と働く』(NewsPicksパブリッシング)、『組織が変わる』(ダイヤモンド社)、『企業変革のジレンマ』(日本経済新聞出版)を通じて、組織における「対話」の本質と組織の機能不全の要因を説いてきた。2026年現在、宇田川氏が注目するのは、一見成功したように見える企業が沈んでいく「経営の喪失」のメカニズムだ。そのようなことがなぜ起きるのか、宇田川氏はジャパネットたかたなどの事例も引き合いに出しながら、経営における「A面」と「B面」、「良い勝ち負け」と「悪い勝ち負け」、ケアと経営の関係といった観点から解説した。議論の後半には「経営の再構築」に向けて重要な4つの論点を提示する。

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岡山のデニム産業に見る経営の本質

Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):今日は久しぶりのインタビューです。いつもとは雰囲気の違うデニムジャケットのスタイル、とても素敵です。

宇田川元一氏(以下、宇田川):ありがとうございます。これは岡山県倉敷市の児島で買ってきたデニムジャケットなんです。日本のデニムは世界的にも注目されていて、海外のマニアもわざわざ日本に買いに来るんですよね。

 どうして日本でデニム産業が発展したのか、調べてみると結構おもしろくて。元々は1960年代に学生服を作っていたマルオ被服がBIG JOHNのブランドを立ち上げたのが始まりです。しかし、日本にジーンズが輸入されてきた60年代、アメリカ本国ではファッションアイテムになっていたジーンズは、大量生産品としてのジーンズでした。

 一方、織り上げるスピードは遅いものの、豊かな風合いと耐久性のある織物を作ることができるシャトル織機(しょっき)で織られたビンテージデニムは、色落ちなども別格で人気となりますが、その生産方法の限界もあり、希少で手に入りにくいものでした。それが70年代頃のビンテージジーンズブームにつながり、リーバイスのデッドストックが流行ります。

 それなら自分たちでオリジナルに近いもの作ってしまおうと、大阪を中心に国産のビンテージレプリカを作るデニムブランドができていくんです。1979年に設立されたステュディオ・ダ・ルチザン(STUDIO D'ARTISAN)が一番歴史のあるブランドで、それも含めて大阪の5つのブランドが「OSAKA5」と呼ばれるようになりました。

 これらのブランドの生産を支えたのが、岡山県倉敷市や広島県福山市のメーカーだとされています。中でも倉敷市児島は江戸時代から繊維産業で栄えた地域で、最初はブランドOEMでやっていた会社が自分たちでブランドを作るようになり、「桃太郎ジーンズ」や「JAPAN BLUE JEANS」、「児島ジーンズ」なんかが生まれていったわけです。

宇田川元一
埼玉大学 経済経営系大学院 教授 宇田川元一(うだがわ・もとかず)氏
1977年東京生まれ。専門は経営戦略論・組織論。日本企業の変革やイノベーション推進を研究領域とし、アドバイザーとしても実践に関わる。2025年より現職、株式会社コレスポンデンス主宰。著書『他者と働く』でHRアワード2020書籍部門最優秀賞を受賞。近著に『組織が変わる』『企業変革のジレンマ』がある。

栗原:なるほど。

宇田川:そもそも、なぜこの地域で繊維産業が盛んだったのか。話は戦国大名の宇喜多直家が岡山城を築いた頃に遡ります。後に宇喜多秀家が、もともと島だった児島を干拓して陸続きにしました。干拓地は塩分が多くて米が育ちませんから、綿を栽培した。それで繊維産業が勃興し、商業都市として栄えることになったんです。

 それも明治期になると廃れていきますが、豪商であった大原孝四郎が地元の起業家の嘆願を受けて倉敷紡績(クラボウ)を創設します。そのクラボウが開発した繊維が、学生服や国産ジーンズに使われるようになります。そして、孝四郎氏の息子で二代目社長の大原孫三郎がクラレを創業するんです。

 ここからわかるのは、歴史の中で時代の要請に応答するという形で、企業や産業ができてきたということです。この地域がどういうところだったのか、この企業は本来何をしたかったのか──これが企業の経営活動の源泉であるということなんですよね。

経営の「A面」と「B面」とは何か

栗原:宇田川先生は最近、経営の「A面」と「B面」に着目されていますね。倉敷の繊維産業の話も「B面」の重要性を示唆するものでしょうか?

宇田川:はい。「B面」というのは、その企業が過去に誰かの呼びかけに応答してきた、その応答の積み重ねのことです。様々な企業に触れる機会がありますが、その企業の佇まいの中に、今も漂っている固有の問いを私は「B面」と呼ぶようになりました。

 B面があるということは、A面があるわけです。経営においては、合理的な戦略を間違いなく実行するべきだという倫理観が働いているのが「A面」です。

 時間軸という点でも違いがあります。四半期、単年、数年といった、比較的短くて、決算などの社会の仕組みによって制度化された、客観的に共有可能な時間軸で動く経営の世界がA面的な時間軸です。それに対して「B面」は、その企業独自の時間軸でものごとを捉え、自分たちは何者であるかという実存的な問いのもとで動いている、そんな経営の側面です。

栗原:「パーパス経営」と言われるようなものですか。

宇田川:そういう、形式化されたものとは違うんですよね。企業の歴史の中で感じてきた怒りや悲しみ、悔しさみたいな、いろいろなものから培われる「問い」というものがありますよね。これらが生じる場面で、応答を重ねる相互行為の積み重ねの結果育まれる問いが「B面」であり、その会社をユニークなものにするんです。

 企業変革とは本来、自分たちの独自の問いに立脚して行われるものであるはずです。ところが、世間一般で言われる「変革の正解」みたいなものに囚われ、時間軸も四半期の業績開示のような制度化されたものに巻き取られ、その会社の独自性を失ってしまい、差別化ができなくなるという事例が後を絶ちません。

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構造的無能化により起こる「深刻な断片化」とは

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やつづかえり(ヤツヅカエリ)

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