伝統を支える知財のDNAと世界8割超のグローバル展開
1949年、創業者・鬼塚喜八郎氏が「戦後の青少年にスポーツを通じて夢を与えたい」との思いから設立した鬼塚商会。これが現在、世界にその名を知られる株式会社アシックスの原点である。社名の「ASICS」は、ラテン語の「Anima Sana in Corpore Sano(健全なる精神は健全なる身体に宿る)」の頭文字に由来する。
同社の歴史は、そのまま「知財を重視してきた歴史」でもある。同社初のシューズとなったバスケットボールシューズは、タコの吸盤をヒントに開発されたグリップ力の高いモデルであったが、この黎明期から実用新案をはじめとする知的財産の確保を強く意識していた。1973年の会社案内ですでに国内外の特許・商標等の登録件数を明記していたことからも、そのDNAの深さがうかがえる。
現在、同社は連結従業員数1万人弱、海外に51の関係会社を抱えるグローバル企業へと成長を遂げた。売上高の84.3%を海外が占め、主力の「パフォーマンス・ランニング(競技用ランニングシューズ)」を中心に、欧米や中華圏で高いシェアを誇っている。しかし、この順風満帆に見える業績の裏には、ブランドの存亡を揺るがす巨大な危機が存在していた。
「正月の大学生駅伝シェア0%」という衝撃と、現会長・直轄プロジェクトの始動
2010年代後半、世界のランニングシューズ市場に激震が走った。競合他社が投入した「カーボンプレート内蔵型厚底シューズ」の旋風である。長年、長距離レースの足元を支え続けてきたアシックスの薄底・軽量シューズは、パラダイムシフトへの対応を余儀なくされた。
危機の象徴となったのが、2021年正月の大学生駅伝である。かつて同大会で圧倒的な着用率を誇っていたアシックスのシューズシェアが、この年、ついに「0%」という未曾有の数字を記録した。長距離の雄としてのプライドは完全に打ち砕かれ、市場での存在感は失墜の危機に瀕したのである。
こうした環境変化を見据え、2019年に先んじて立ち上げられていたのが、当時の社長直轄で進められたトップアスリート向けランニングシューズ開発プロジェクト「C-PROJECT(頂上奪還作戦)」であった。プロジェクト名に冠された「C」には、創業者・鬼塚氏の遺訓である「やるなら一番難しい、頂上(Chojo)から攻めよ」という意味が込められていた。
