孫正義氏の「予兆」を掴む技術と未来思考の5つの技法
栗原:安川さんはソフトバンク時代に孫正義氏の側近、社長室長として活躍されました。孫氏の驚異的な先見性はどこから生まれているのでしょうか。
安川:多くの方は孫さんを「未来が見える超能力者か予言者」のように思いがちですが、それは違います。ご本人も2026年7月14日に開催されたソフトバンク最大規模の法人向けイベント「SoftBank World 2026」の特別講演で、「自分は予言者ではありません。毎日ありとあらゆる情報を徹底的に調べ、考え抜いているんです」と語っています。
孫さんの凄さは、「予兆が最も集まる場所(高台)」に自らを置き、問いの質を高めている点にあります。たとえば米国の大手PC出版社ジフ・デイビスを買収した際も、社長に「有望な会社50社のリスト」を求めるのではなく、「絶対に張るべき1社だけを教えろ」と問うことでヤフー(Yahoo!)への出資につなげました。
栗原:直感やインスピレーションではなく、情報の集積と構造化のプロセスがあるのですね。安川さんが提唱されている「未来思考の5つの技法」も、そうした実践から導き出されたものでしょうか。
安川:はい。未来思考は精神論ではなく、以下のように構造化して実践することができます。
未来思考の5つの技法
- 技法1:歴史──過去の出来事や歴史的パターンから学び、未来を予見する姿勢を磨く
- 技法2:予兆──日常のニュースや小さな違和感、エピソードの中に潜む未来の変化の予兆に気づく
- 技法3:構造──掴んだ予兆を構造化し、過去・現在・未来を通じた普遍的な法則性を見出す
- 技法4:蓋然性──構造を前提に、複数の視点から蓋然性(確率の高さ)の高い未来を読み解く
- 技法5:想定──普遍性と蓋然性から導き出される複数のシナリオを描き、望ましい未来を創る行動を起こす
携帯電話の黎明期を例に挙げると、単なる「需要予測の数字」だけを見ていては普及のスピードを見誤ります。しかし、「一度契約したら滅多に解約しない」「ユーザーが増えるほど友達に勧めやすくなる」という乗数的な「ネットワーク効果の構造」が見えていれば、指数関数的な爆発的普及が予見できる。これが構造と蓋然性を捉える未来思考です。
なぜ世界は「VUCA」ではないのか──アンサティニティ(不確実性)の正体
栗原:世の中では「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)」という言葉が定着していますが、安川さんは「世界はVUCAではない」と言い切られていますね。
安川:言葉の綾ではなく、論理としてそう主張しています。確かにVolatility(変動性)とComplexity(複雑性)は飛躍的に増しています。しかし、だからと言ってUncertainty(不確実性)やAmbiguity(曖昧性)に怯える必要はありません。適切な思考技法を用いれば、起こうる構造は十分に予測・解明できるからです。
孫さんが2000年にアリババの馬雲(ジャック・マー)氏と会い、わずか15分で100億円(当時)の投資を決めた話は有名ですが、そのロジックは拍子抜けするほどシンプルでした。
- 中国は鄧小平の改革開放路線のもとで必ず経済成長する。
- 経済成長と同時に、インターネットとEC(電子商取引)の波が必ず押し寄せる。
- 米国のYahoo!やeBayの成功パターンを考えれば、中国のEC市場をとった企業が巨大化する。
栗原:非常にクリアで、不確実性はどこにもありませんね。
安川:そうなんです。構造から、当たり前に起きるであろうことを先回りして、自らの行動(投資)を決定しているだけです。
私が90年代にマッキンゼーから外資系ITやソフトバンクへ飛び込んだ際も同様でした。当時、バブルの残り香があった日本企業では終身雇用が当然視されていましたが、冷戦崩壊後のグローバル化とインターネットの潮流を見れば、「個人の実力が問われる時代」「転職が当たり前になる時代」が数年後に来ると捉えるのは自然な思考でした。過度に不安がるのではなく、時代の構造を直視し、自分のキャリアをバックキャストして行動することが重要なのです。



