世界を捉える解像度を上げる「構造」と「文脈」とは
栗原:安川さんの著書では、現在の世界的なカオスや混乱を読み解くフレームワークとして「世界の構造変化」と「人々の意識の変化」が提示されています。
安川:今、世界で何が起きているのかを客観的に把握するためのフレームワークが、著書の第2部で詳述している視点です。現代世界の混乱は単なる政治対立ではなく、巨大システムとして「統合化」する世界と、主体(アクター)として「分散化」する世界、そして人々の意識の「記号化」と「多元化」が引き起こす歪みなのです。
まず客観的な構造として「統合化」が進んでいます。ユニクロ、ZARA、マクドナルド、スターバックスが世界中で展開され、グローバル人口の多くが似通った都市生活を送るようになりました。AIや生成字幕、配信サービスの普及で映画や音楽の「世界同時化」が起こり、資本主義と合理主義が極限まで行き着くマックス・ウェーバーの言う「脱魔術化」が完成しつつあります。しかし、この統合化は同時に少子化や地球温暖化(惑星限界)という成長の限界に直面しています。
他方で、国際社会で主導的役割を担っていた大国の力が低下し、リーダー国家がなくなる状態「Gゼロ」時代では、政治的空洞化や非国家主体の台頭により「分散化」も同時進行し、社会構造を不透明にしています。
栗原:生活や技術がグローバルに統合される一方で、社会の根底では分散と破綻が進んでいるわけですね。人々の意識の側面では何が起きているのでしょうか。
安川:主観的な文脈において「記号化」と「多元化」が拮抗しています。現代人は、世代が進むにつれてIQテストなどの得点が向上しつづける「フリン効果」が示すように認知能力が向上しています。そして、世界や他者を「学歴」「年収」「WOKE」「ネトウヨ」といった単純なスペックやラベル(記号)に置き換えて効率的に処理する「記号化」にも適応しました。政治もワンフレーズのスローガンに依拠し、対話が失われています。
一方で、平野啓一郎氏の言う「分人(dividual)」のように、人々は副業、SNS、アバター、推し活などを通じて複数のアイデンティティ(多元化)を持つようになりました。しかし、アテンション・エコノミーの中で情報が過熱し、特定の言動を記号として捉えて集団で攻撃する「キャンセルカルチャー」が横行しています。
二つの世界の相反する力とテクノロジーの「再魔術化」
栗原:記号化による単純化と、多元化による複雑化という、全く逆のベクトルが交錯しているのですね。
安川:そのとおりです。現代人は「巨大システムに適合するために自分を記号化する力」と、「居場所を求めて意識を多元化させる力」という矛盾する二つの強い力に引き裂かれています。
さらに不確実性を深めているのが、先端テクノロジーによる世界の「再魔術化」です。生成AI、スパコン、脳波インターフェース(BMI)、ナノロボティクスなどは高度化しすぎて一般人の理解を超越し、あたかも「魔法」のように感じられる領域に入りました。
ヘンリー・キッシンジャーが「AIは人間を理解不能な世界へと連れ戻す」と危惧したとおり、合理化を極めた先で世界は再びブラックボックス化(再魔術化)し、宗教回帰(無宗教型スピリチュアルやカルトへの傾倒など)や生物多様性の喪失、耐性菌問題などの新たな課題を可視化させています。
しかし、この構造を正しく見抜くことができれば道は開けます。組織や個人が「多元的な顔(分人)」を持つ存在であると肯定できれば、全面的な合意はできずとも、気候変動や災害対応といった特定課題において「部分的に手を組み動的に協働する」という新しい連帯が可能になるからです。



