形式整備から「実質」の対話へ──日本企業が直面するガバナンス改革の第2フェーズ
「2014年に『伊藤レポート』を公表し、ROE(自己資本利益率)8%を提唱した際、米ブルームバーグ誌は非常に好意的な内容でありながら、記事の見出しでは日本企業のことを『利益の落第生』と掲げました。当時の日本企業は自分たちを落第生だとは思っていなかったかもしれませんが、海外からはそう見えていたのです。そこからの衝撃と危機感から、日本のコーポレートガバナンス改革は始まりました」
セッションの冒頭、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏は、日本におけるガバナンス改革の歩みを振り返りながら、現状への強い危機感を表明した。
伊藤レポートの公表以降、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが導入・改訂され、社外取締役の増員をはじめとする形式的な体制整備は急速に進展した。TOPIX100構成企業における1社あたりの社外取締役数は2021年の5.0人から2026年には6.0人へと増加し、過半数や3分の1以上の独立社外取締役を配置する企業は一般的となっている。スキルマトリックスの開示や女性取締役の比率向上といった見かけ上の数値目標も一定の進展を見せている。
しかし、伊藤氏は「体制という形は整ったものの、実質はまだまだである」と指摘する。取締役会(ボードルーム)という密室の中で行われる議論の質が、形式の整備に伴って高まったかと言えば、必ずしもイエスとは言えないのが実態だからだ。
「スキルマトリックスを開示し、各取締役にレ点や丸をつけること自体は悪くありません。しかし、なぜその人物に丸がついているのか、そのスキルがどう企業価値向上に寄与するのかという『本質』までは見えてきません。投資家との対話も、これからは『なぜこの社外取締役はこのスキルなのか』といった突っ込んだ議論へと移行します。まさに形式の開示から、対話を通じた『実質ベース』へと移行する第2フェーズに入っているのです」(伊藤氏)
【用語解説:スキルマトリックス】 取締役会全体として備えるべき知識・経験・能力(「経営経験」「財務」「法務」「IT/デジタル」など)と、各取締役が保有するスキルの組み合わせを一覧化した表のこと。コーポレートガバナンス・コード改訂に伴い開示が推奨されているが、形式的な記載にとどまり実質的な効力が伴っていないケースが課題とされている。
安定株主の消滅とアクティビストの台頭──「強靭な取締役会」の構築が急務に
ガバナンスが「実質」を問われる背景には、日本企業を取り巻く外部環境の激変がある。近年、アクティビスト(物言う株主)による株主提案や企業価値向上への要請は過去最高水準に達している。受け身の対応に終始する企業が多い中、ソニーグループのように企業価値を巡る深い議論を重ねた強固なボード陣陣容によって対抗策を打ち返した成功例も存在する。また、同意なき買収提案や、株主総会における経営トップ・社外取締役選任案の否決といった事態も頻発するようになった。
こうした変化の根本要因として、伊藤氏が特に強調したのが「政策保有株式の縮減と安定株主の消滅」である。
「日本の産業システムや企業システムは、長らく安定株主という鍵の上で構築されてきました。しかし、アシックスのように『政策保有株式をゼロにする』と宣言して売却を進める企業が現れているように、もはや安定株主に守られる時代は終わりつつあります。安定株主がいなくなるということは、日本の金融システムそのものを根底から作り直すようなインパクトを持っています」(伊藤氏)
株式の持ち合いやメインバンクによる間接的な監督体制に頼ってきた日本企業は、市場や株主からの規律に直接晒される環境へと放り込まれている。こうした不可逆な変化に耐えうる「強靭な取締役会」をいかに構築し、社内・社外を問わず高い実践力を備えた取締役をどう育成していくかが、日本企業の持続的成長における重要な課題の1つとなっている。



