組織は「カオス」からはじまり、「サイエンス」と「ナラティブ」を行き来する
宇田川:
僕はナラティブ・アプローチという、語り(対話)を通じて関係性を構築するという方法論を研究しています。それが生まれた医療の領域では、一度サイエンスを推し進めた結果、ナラティブに戻ってきたという経緯があるんですよ。
元々は医療の世界は理論に基づいたものだったそうなのです。身体の機能がこうだから、こういう治療が効くはず、という考え方ですが、これは権威主義に陥りがちで、経験の蓄積がない人は反論できません。それに対し、患者にとって本当に良いものなのかどうかを、ちゃんと検証しましょうということで、「エビデンス・ベイスト・メディスン(EBM)」という考え方が流行りました。これで医療がぐっとサイエンティフィックにシフトしたのですが、その結果出てきた問題が、エビデンスがあるだけでは、患者さんは治療の方法を選べないということです。例えば癌の患者さんがいるときに、外科手術をした場合と薬物治療をする場合、それぞれの5年生存率は何パーセント、と示すことはできます。でも、エビデンスというのはあくまでもエビデンスであって、患者さんの生きている世界にはまた別のストーリーがある。ここで真面目なEBMをやっている医師たちは気がついたのです。エビデンス自体は科学で完結できるけれど、エビデンスに基づいた医療を“実践する”ということは、患者さんの世界とエビデンスとの接点を作ることなのだということに。ここから、サイエンスと患者の世界との間の接点を対話的に構築する医療、ナラティブ・ベイスト・メディスンというのをやり始める人たちが出てきたんです。つまり、科学を突き詰めたらナラティブに行き着いたんです。