「なぜ労働研究は男性の正社員が前提なのか」という疑問から、生保レディを研究対象にした
宇田川:どんなことがわかってきましたか。
金井:まだ研究半ばの部分もありますが、やはりサービス産業ではジェンダーを戦略的に位置付けているということがわかりました。生命保険の販売は海外では男性がやる仕事として確立しています。個人宅に行かなければならないし、移動距離も多いからというロジックが使われているのです。日本も戦前はネットワークを使って販売する形式だったから、地主や銀行の支店長などのようにちょっと顔が広い男性がやっていた仕事でした。「大卒男性がやるとかっこいい仕事」というイメージを持たせて大卒男性を採用しようとしたりしていました。
ところが戦後、インフレが起きて保険料が高いと売れなくなってきました。そこで各社は保険商品の値段を下げて月払いを可能にしていったんです。コツコツと地区を回って集金が必要になってくる。すると、こういうことは女性の仕事だということに変わってきたのです。
宇田川:なるほど。この研究を通して、今の「働き方」にヒントとなるようなことはありますか?
金井:そうですね、生保レディは日本では企業の中の「正社員」という位置付けなんです。歩合給で成績が出せないと退職していく仕組みだし、終身雇用でもなく、年功賃金でもないのに、なぜ「正社員」と言えるかというと、雇用保険や年金、健康保険に入れるからです。
ではなぜ雇用保険や年金、健康保険に入れるかというと、まだ男性が半分くらいを占めていた50年代、60年代に行なっていた、労働組合運動の成果なのです。自分たちを「雇用者」としてきちんと確立しようという動きがあったんです。同じ働き方をしている韓国では、「この働き方はエージェントだ」と言われて、生命保険の営業職は雇用保険や年金、健康保険には入れないんですよ。このように「雇用のあり方」は確立されているものではなくて、労使の交渉や政策によっていくらでも変容しうるものなのです。
今、労働社会をめぐる現実社会を見ると、このような「労働者側の主体」がいなくなっている気がします。パートタイム労働がこんなに低い位置に置かれていて、今後はパートタイムも今までの4~6時間ではなく早朝2時間だけ等のスポット的業務が増える可能性も大きいのに、労働者側で自分の雇用のあり方をより良いものとして確立しようと動く主体がないように感じます。
宇田川:今、政府主導で働き方改革が推進されていますが、働き方を上から与えられることに対する空虚さをすごく感じるんですよ。金井先生の「主体がいなくなっている」ということにも繋がっていますね。我々の側が主体性を発揮することを忘れているのではないか、そんな風に思います。