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宇田川先生が埼玉大学大学院人気准教授に訊く、金融業・労働の未来と「研究の意義」

[公開日]

[語り手] 長田 健 金井 郁 [聞] 宇田川 元一 [取材・構成] フェリックス清香 [写] 和久田 知博 [編] 栗原 茂(Biz/Zine編集部)

[タグ] 教育 企業戦略 MBA 社会人大学院

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研究とは、新しい武器を手に入れ、一段高い視座を持てるもの

宇田川:ここまでお二人に研究内容からの提言をしていただきましたが、お話を聞いていて改めて思ったことがあります。研究というものは、なぜこういうことが起きているのかを理解する上で非常に大事な活動であり、とても効果的な方法だということです。フーコーは「違和感を持つことは抵抗である」と言っていますが、何かモヤモヤしているものの構図をはっきり捉えられることは、問題が何かを見定め、変革への挑み方がよくわかることに直結しますよね。

金井:私は一度会社員になったのですが、仕事でモヤモヤを抱えて大学院に戻ったんです。大学時代から女性労働に関心は持っていたのですが、大学生当時の私は企業に入って自分が活躍すればいいのだと思っていました。ところが入社したら、男女によって最初に与えられる仕事が違うんですよ。与えられる仕事が違えば3年後の経験値も変わってきてしまい、結果的に能力の差になってしまう。同じ部署の同期に毎日遅刻ばかりしてくる男性がいたのですが(笑)、上司が「彼には場を与える必要がある」と言って私よりも先に昇進させたのを見て、これをどう説明すればいいのかと思って大学院に進学したんです。

宇田川:なんかこれは変だな、なぜこんなことが起きるんだろうということを大事にする方法が、研究なのではないかと思いますね。以前に埼玉大学大学院で博士課程を修了した木内卓氏がこんなことをおっしゃっていました。

 「金融危機の再発を防ぐために金融規制を強化しようという議論が国際的に盛んだったとき、民間銀行の担当者として、金融庁や日銀の人などとその議論に参加した。日本の立場を主張するという役割だったが、海外勢が経済学の知見を背景とする根拠をもとに主張してくるのに対し、充分に論拠を示して反駁することができず、悔しい思いをした」と。

 なんとなくスキルアップしたい、というよりもモヤモヤを深く見つめる場として研究というものがあるのだなと思います。

長田:木内さんは実務家として長い経験を持っていて、非常に優秀な方なのですが、その議論の参加時には経済学のバックグラウンドは全くなかったのです。だから大学院に入学してゼロからその時に必要だった理論を中心に学ぶことで、根本的、普遍的に流れている理論の重要性を気づいてくださったと思います。基本となる学問領域を身につけると、議論している表層的な問題を一段高い見地から議論できるようになるので、武器を得られることなのだと思うんですよね。

タイトル

金井:また、埼玉大学大学院の場合は、特に修士の時にはビジネス書ではなくさまざまな研究書を読みますよね。それもとても意味があることだと感じています。

長田:それから、MBAなどのビジネススクールと全く違うのは、論文を書きますよね。それも非常に良いですよね。修士の段階では、自分がいかに浅い議論をしていたのかということがわかり、博士でその深さを実感していくように思います。

宇田川:先ほどの「武器を得られる」ということに、非常に共感します。昨年、僕の研究領域である組織論に関しては実務の世界で「ティール組織」というものが流行ったんです。みんながそれを読んでブログなどで熱く議論していたのですが、実務という意味での実践だけで何かを論じるのはもったいないんじゃないかと僕は思うんですよね。

 組織論をきちんと研究すると「ティール組織」の何が新しくて、何が新しくないのか、その議論の良いところも活かせるようになるし、逆に危ないところもわかる。温故知新という言葉がありますが、古きが何なのかがわからなければ、時代の変化や新しい知見の新しさもわからないんですよね。埼玉大学大学院は、そういう学び・研究ができる場なんですよね。


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