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アンラーニングがもたらす新しい生き方・働き方とは?「仕事の報酬は学習機会」の社外人事

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 働き方や生き方は「学ぶこと」によってどう変わっていくのか。古い価値観に囚われないワークスタイルや時代を先取りしたライフススタイルを実現するため、その疑問をアンラーニングというキーワードで探求している法政大学経営学部教授の長岡健さん。長岡さんが推進する「アンラーニングしながら働き、生きる」を実践されているのが、様々なプロジェクトに携わりながら面白法人カヤックの社外人事も務める神谷俊さんです。今回、長岡さんの著書『みんなのアンラーニング論』から神谷さんが取り上げられたパートを紹介します。

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本記事は『みんなのアンラーニング論 組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ』の「第1章 アンラーニングする人たち」から一部を抜粋しました。掲載にあたって編集しています。

新しいワークスタイルを切り開く先駆者

 「アンラーニングしながら働き、生きる」とは、どういうことか。無味乾燥な用語の定義や箇条書きしたノウハウより、もっと鮮明なイメージを共有することから"知的探索の旅"を始めましょう。

 このテーマへの関心が芽生えてから15年、多くの実践者に出会い、アンラーニングをめぐる味わい深いストーリーを聞いてきました。その中から、今の日本社会で躍動するロールモデル的存在として、私が特に注目する5人の"ワークスタイルの先駆者"を紹介します。

組織に縛られない"心の自由さ"

 彼/彼女らに共通するのは、大企業に属さず、独自の価値観やビジョンに基づいて行動し、自己実現に進んでいくワークスタイルです。有名な組織に所属し、組織が決めた目標やルールに従い、成果を上げ、出世することが、従来型キャリアの王道でした。それが職業人としての成長を促し、人生を正しい方向に導くと信じられてきました。ところが、これから紹介する5人の先駆者たちは"王道"とはまったく異なる道を歩んでいます。

 世間が信じるアタリマエにとらわれず、独自の見方や判断を大事にしながら、道なき道をかき分けるようにキャリアを歩んでいく。しかも、楽しそうに、イキイキと。きっちり整備された道路や案内板で表示される進路を時には外れ、でこぼこ道をあちこち探索しては、独自の地図をつくる。そんな旅路そのものを、本当に楽しそうに語るのです。

 先駆者たちの中には、かつて大企業の社員だった人もいますが、現在は雇用されない働き方を選び、私生活と調和の取れたワークスタイルを実現しています。まさに、自由な働き方。その自由さとは、雇用されていないという形式ではなく、行動を組織に縛られず、判断を組織に依存しない"心の自由さ"です。

 今の社会規範を前提にして、その中で「上手く生きよう」とするのではなく、目指すべき社会の未来像を自分自身で描き、社会を構成する個人として「今、何をすべきか」を常に考えながら実践活動に取り組んでいる人たちです。

 このように説明すると、誤解をされることがあります。「ちょっと浮世離れした人たちなんでしょう?」

 違います。彼/彼女らは決して世捨て人ではないし、趣味の世界に没頭する人たちでもありません。むしろ、強く社会とつながろうとし、社会にとって意味のある価値を生み出すことに喜びを感じている人たちです。古い慣習にとらわれない新しい社会のあり方を考え、その可能性を信じて、公益性の高い仕事にもチャレンジしていく。先駆者たちの行動には、利他的な精神を感じます。

 かといって、慎ましく清貧を尊ぶ人たちかというと、その印象とも異なります。彼/彼女らは理想主義者ではありません。継続的に価値を生み出し続けるには、経済合理性も重要であることを知っていて、ちゃんとお金が回る仕組みを考える。大企業には属していないけれど、大企業とも積極的に協業する。そして、社会にとっても、企業にとっても価値の高い仕事を推進していく。現代の資本主義社会の真ん中に生きながら新たなワークスタイルを切り開いている先駆者として、存在感を放っているのです。

組織に依存しない新しいワークスタイル

 大きな組織に属さず、個人の思いを実現しながら、経済的にも成り立つ。一見、相容れない3つの特徴が共存した働き方はフリーエージェント(FA)的と言えるでしょう。

 フリーエージェントとは、元米国副大統領アル・ゴアのスピーチライターを務めた経営評論家、ダニエル・ピンクが2002年に提唱した働き方。組織の庇護を受けることなく、プロジェクト単位で企業とつながって技能を発揮し、独立した個人として成果を出していくワークスタイルです。

 大きな組織から飛び出すリスクよりも、組織内の閉じた世界に篭るリスクを意識する。そして、集団凝縮性の高い環境から飛び出し、同調圧力が無力化し、多様性が躍動する世界に身を置くことで、自分自身の進化を促し、激しい社会変化にも適応していく。これは、組織内の打算的な「タテのつながり」よりも、成果や見返りを求めない「ヨコのつながり」を大切にしながら、自由で柔軟な人間関係を拡げていくことを意味します。

 もちろん、時間の使い方も自由。組織に決められるのではなく、自分のライフスタイルに合った柔軟な時間の使い方で私生活と仕事をブレンドし、息切れしないワークスタイルを実現している。そんなフリーエージェント的働き方こそ個人の力を引き出し、企業の長期的成長に貢献できるという見方を示した『フリーエージェント社会の到来』は、世界各国で翻訳され、注目を集めました。

 ただし、誰もが"FA宣言"をして、組織の外へ飛び出す必要はないのです。大切なのは、社会の変化をジブンゴトと受け止める姿勢、権力や損得に縛られない自由な人間関係、そして、ライフスタイルとワークスタイルの絶妙なブレンド。そういうことは、仕事の中ですぐに活かせることですし、組織の中で個性を発揮するためのヒントにもなります。そして何より、先駆者たちの話を聴くにつれ、「知識・スキルの習得よりも圧倒的に大切なことがある」と気づき、古い価値観や慣習にとらわれない"未来の常識"を先取りした働き方にチャレンジする勇気をもらえるのです。

「仕事の報酬は学習機会」というスタイル

 フリーエージェント的な働き方とはどういうものか。それを実際に体現している人がいます。神谷俊さんです。2016年に設立した株式会社エスノグラファーの代表として、組織人事、商品開発、地域開発のリサーチとコンサルティングを提供している神谷さん。その傍ら、面白法人カヤックやGROOVE Xなどの企業とパートナーシップを結び、地域創生やロボット開発など先進的でユニークなプロジェクトに参加しています。

 プロジェクト型の働き方というと、業務委託契約のようなかたちをイメージしそうですが、神谷さんの場合は、金銭的報酬が発生しない契約前の段階から深くコミットしていきます。ブレストや勉強会に参加した流れでそのまま経営者とのワン・オン・ワンを行ったり、突然降ってくる「こんな試みを始めますが、神谷さんはどう思いますか?」という問いかけに答えたり。

 「向こうが気が向いた時に相談をしてきて、僕も気が向いた時に応える。お金をいただいていないので、仕事というより趣味に近い感覚です。そこから先、本格的に案件化した時点で業務委託契約を結ぶこともありますが、僕にとってはそれが目的ではありません。ただ、面白いし、興味があるからやっているんです」

 組織の内側でもなく外側でもない境界線上に立つ人。自分のポジショニングについて、神谷さんはそう表現します。

 「ある会社のことを理解しようとする時に、内側に入り込み過ぎると客観的な観察・分析ができない。かといって、外側に立ったままで意見しても、その会社特有の事情を理解するのは難しい。内外を行き来する存在であれば、会社の内情にシンパシーを抱きながら、冷めた目線で話ができる。僕に求められている役割はそこだし、僕もそれを面白がっているんですよね。『神谷さんは社員にしちゃいけない人だよね』なんて言われます」

 結果として、生まれた肩書きは「社外人事」。実際、カヤックのホームページで、神谷さんはそう紹介されています。

 ビジネスの相談をするのに無報酬? 社員という立場も要らない? 従来の「働く」のイメージを覆すような話の連続に、驚く人がいるかもしれません。では、神谷さんにとっての報酬は何なのでしょうか。

 「ネットワーキングが与えてくれる学習機会です。世の中の先端をつくっているような人たちと、誰も経験したことのない課題について議論する体験は、常に新しい視点や刺激をもらえるし、歯応えのある問いを咀嚼することで僕自身がバージョンアップできる。そして、出会い。自分の世界にいるだけでは出会えなかった人を紹介してもらえる機会も多く、信頼の延長線上に生まれる新たな縁も、さらなる学習機会となり、自分を強化してくれます」

 なるほど。では、さらに率直に。「それだと儲からないのでは?」と疑問をぶつけてみました。

 「確かに短期的にお金になる方法とは言えませんが、僕にとってはこれが一番"儲かる"方法ではないかと思っているんです。『あの会社で社外人事をしている神谷さん』という信頼が僕のブランドとなって、結果として本業の価値も上がる。日々のキャッシュを確保するリサーチやコンサルティングの仕事もやりながら、社外人事のような実験的な仕事を積極的に取り入れて、バランスよくポートフォリオを組むようにしています」

 そして、「そもそも……」と神谷さんが付け加えた言葉がとても印象的。

 「そんなに儲けなくてもいいじゃないですか」

 贅沢な暮らしには興味はなく、自分と家族が幸せを感じる暮らしができれば十分。お金で消費的な快楽を味わうことよりも、面白くて新しい世界と交流できることに喜びを感じると言うのです。ゲーム的な感覚で「お金を稼ぐ」ことを競うような働き方に背を向け、開かれた世界で刺激を交換し合える時間を大切にするのが、神谷さんのスタイル。

 実際、私が病気で仕事を休んでいた時期も、何度も会いに来ては楽しい話をしてくれました。療養中の研究者とたわいもない話を何時間もして、本にもウェブにも載っていない最先端の情報をタダで聞かせてくれるなんて、「アイデアをタダだと思うな」なんてことをしばしば口にする"経済合理性の権化"には理解不能な行動でしょう。

 仕事の報酬は学習機会という神谷さんの考え方を聞くと、相当なハードワーカーかなと思うかもしれません。実は、ゼミの学生の多くが、神谷さんのことを「日曜も祝日も休まず、額に汗をギラギラさせて飛び回っている人」に違いないと想像していたようです。

 でも、神谷さんに会うと、それが先入観に過ぎなかったとすぐ気づきます。無理を感じさせない、飄々とした雰囲気で、「今日も娘と遊ぶ約束をしているんです」なんて台詞をさらりと言う。家族との時間もしっかり確保できるように、公私をバランスよくミックスした働き方を意識しているそうです。典型的な1日の過ごし方を聞いてみました。

 「毎朝7時に起床したら家族の朝食を用意して、ひととおりの家事育児。9時半に自宅から徒歩5分のオフィスに出かけて仕事をして、お昼になったら自宅に戻って家族とランチをします。食後にまたオフィスに戻って働きますが、16時頃には切り上げて18時まで娘と遊んだ後に夕食を食べ、入浴や読み聞かせ。夜に残った仕事を整えて23時頃には就寝します」

 もちろん繁忙期には柔軟に対応するそうですが、ITツールを使いこなし、作業効率を高める工夫をしながら、至って健康的で家族を大切にした働き方と暮らしを実現しているようです。

 ここで理解しておきたいのは、このようなポジショニングとライフスタイルを実現できた背景には、神谷さんが自らの独自性をじっくり磨き続けてきたプロセスがあるということです。つまり、周囲が卓越性を認めるレベルまで独自の知識・スキルや経験を磨き続けながら、それらを仕事の中で積極的に活かそうとしてきたこと。

 インタビューの中で神谷さんは、「知識・スキルなら何でもOKではなく、自分のフィールドでの独自性を常に意識していることが大前提」と言いながら、独自性を磨き上げていくプロセスの重要性を繰り返し強調していました。

 ビジネス領域における神谷さんの独自性は、リサーチ手法として「エスノグラフィー」の要素を取り入れている点にあります。エスノグラフィーとは、人類学者や社会学者が行っている研究方法です。研究対象者と同じ目線に立ち、共に活動をしていきながら、長期間の密着取材(参与観察)を行います。

 昔からある研究方法ですが、近年、デザイン思考に有効な手法として取り上げられたことで、ビジネス分野でも脚光を浴びるようになりました。例えば、企業が事業開発に取り組む際、消費者の目線に立って新たな商品やサービスの可能性を探り、イノベーションへとつなげようとする。このようにビジネスシーンで活用されるエスノグラフィーのことを、「ビジネス・エスノグラフィー」と呼ぶことがあります。神谷さんはこのビジネス・エスノグラフィーのフロントランナーとして活躍しているのです。

 特に、調査対象者との対話に膨大な時間をかけ、周辺の関係者にもヒアリングをするような丁寧な調査姿勢には定評があり、本人さえ気づいていない無意識の前提にたどり着けることに、神谷さんの強みがあります。

 こういった仕事の仕方は手間暇がかかるので、コスパが悪いと敬遠されがちですが、神谷さんは気にせず楽しんでいる様子。「面白いからやる。意味があると信じられるから続ける」というスタイルが一貫しているのです。

みんなのアンラーニング論

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みんなのアンラーニング論
組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ

著者:長岡健
発売日:2021年12月20日(月)
定価:1,980円(本体1,800円+税10%)

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