不確実な現代こそ、人類究極の統合知である「易経」を学べ

特別鼎談:日立製作所矢野和男氏 × 入山章栄氏 × 佐宗邦威 氏 後編

 入山章栄氏と佐宗邦威氏がイノベーションとクリエイティビティを包括的にとらえようとする本連載。今回の特別ゲストは、ウェアラブル技術やビッグデータ収集・活用で世界を牽引する、著書『データの見えざる手』でも知られる、日立製作所研究開発グループ技師長の矢野和男氏。人間・組織・社会における法則性を解き明かすべく、膨大なセンサー情報を用いた研究を行なう中で、見えてきた人の新しい生き方や働き方とは何か。前編の「幸せと身体性」、中編の「幸せの測定と組織への活用」を経て、いよいよ後編へ。機械やデータを人の幸せに活用する方法や未来の可能性、そして、確率を現状分析の方法として体系化した易経から、科学のあり方へと話が広がった。今までの連載はこちら

[公開日]

[語り手] 矢野 和男 入山 章栄 佐宗 邦威 [画] 清水 淳子 [取材・構成] 伊藤 真美 [編] BizZine編集部

[タグ] AI・機械学習 事業開発 易経 ビッグデータ

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「機械学習」ではなく「人と機械の共創」によるフィードバックループ

佐宗(「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者):
 データや人工知能、機械学習などを、「人の幸せ」のために活用していくためには、どうしたらよいと思われますか。近年だと、オクスフォード大学のオズボーン教授の「未来の雇用」という論文[1]では、機械に仕事を取られる職業のシュミレーションが発表されるなど、ダークサイドが指摘され始めています。

矢野:
 長年、データや人工知能を扱っている人間にしてみると、「機械と人間の競争」という発想はオーバーリアクションに感じますね。そもそも人間と機械では情報の入手方法や行動範囲が全く違いますから。
 そして、最も重要な違いは「責任を取れるかどうか」です。未知の世界に挑むことが、生き物や組織の生き残りに不可欠だとしたら、最後の最後は人間が「俺が責任を取る」と言うしかない。機械は責任がとれないんです。だから、どんなに機械が進化したとしても、人間の身体や知覚能力の機能拡張であって、人間を代替することはできないと思うんです。

佐宗:
 なるほど…。人工知能の分野でも、ゴールとなる目的変数を決めないと始まらないですものね。その変数の意思決定は人間が責任を取っているのですね。

矢野:
 逆に機械の側からいえば、もっとも欠けているのは「他の人間を理解する原始的な感覚」だと思います。赤ちゃんもかなり早いうちから母親が喜んでいるかどうかわかるし、人が生き延びるには仲間がどういう状態か察知することが重要です。それは知識や論理的な考察ではなく、原始的な感覚であり、この察知する能力が欠けていては善悪の判断もできません。ですから、機械にそういう能力を持たせることが、人間を幸せにするためのアプローチとして必然だと思います。そのためにも「幸福度の計測」と「人工知能の開発」は、もっと融合させていきたいと考えています。

機械学習というより、人間と協同でフィードバックループをつくる「共創=Co-Creation」図1. 機械学習というより、人間と協同でフィードバックループをつくる「共創=Co-Creation」
©Junko Shimizu

入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
 たとえば相手の顔が笑顔かどうかを知覚して、それに対する反応を返すとか、ですか。

矢野:
 そうですね。たとえば、ビル全体の空調は基本的に設定された温度を保ちます。でも、人間の快・不快や充実感、やりがい、生産性が理解できるとしたら、もっと “幸福度を高める空調”が可能になるかもしれません。また、都市の交通システムについても、ゆっくり歩きたい、急いでいきたいという人それぞれに合わせてルートや速さ、タイミングなどを最適化できれば、もっと“幸せな移動”ができるでしょう。ヘルスケアにも応用できそうですよね。機械側が人間を理解することで、制御するものが増える。人間がそれに反応して、フィードバックが返ればもっと改善される。機械学習というより、人間と協同でフィードバックループをつくる「共創=Co-Creation」のイメージです。

入山:
 ああ、それは大きなキーワードになりそうです。

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