短期利益を最適化し、長期利益を最大化する両利きの経営
──『両利きの経営』の日本語版が出版されて4年の間に、これほどまでに経営者の心を捉えるようになったのはなぜでしょうか。
間違えてはいけないのは、「両利きの経営」は「ターンアラウンド」とは違うということです。会社が危機的状況に陥ってしまったら、リストラクチャリングなど「ターンアラウンド」するしかありません。一方、「両利き」は既存事業がまだ順調でキャッシュフローにゆとりがあるうちに、新しいことを推進しようという考え方です。
既存事業がうまくいっている経営者の方たちと話していて感じるのは、「今はいいけれど、このまま一本調子でいけるのか」という危機感です。何かをきっかけに、自分たちの市場や業態そのものがなくなってしまうことがあるんじゃないかという不安を感じている。コロナ禍で本当に多くのことが変わりましたし、台湾有事や南海トラフなどのリスクも現実的な脅威となりつつあります。「これだけやっていれば大丈夫」という「選択と集中」の時代じゃないんだ、という認識が深い心理的なレベルで浸透している、そんな気がします。
ゆえに「選択と集中」だけではまずいという心理的な危機感がベースにあって、「両利きの経営」が注目されているのだと思います。というのも、両利きというのは「AかBか選択する」という話ではなく、「AもBも」という考え方ですから。
──とはいえ、リソースは有限ですよね。
そうです。NECの森田(隆之氏)社長は、「短期利益の最適化、長期利益の最大化」と言われています。要するに、短期利益ばかりを追うと、長期利益を毀損する。企業価値を上げるには、短期利益に引っ張られすぎてはいけないということですね。これは、既存事業の磨き上げと新しい事業の探索と言ってもいいし、ソニーのように収益軸と成長軸の両軸と言ってもいいでしょう。1つの軸だけでやっていればいいという単純なことではないんだと気づき、「両構え」のメンタリティを備える会社が増えてきているのだと感じます。
──「両利きの経営」が、中期経営計画の定番のトピックになっています。企業の実際の取り組みや推進状況について、どのように感じていますか。
大事なのは、自社の存在意義、いわば自社のアイデンティティを問い直すところから始めるということですよね。実は最近、「『両利きの経営』の実践地図」という考え方を整理したところです。全部で7つのステップがあるので、このあと順に説明しますね。