組織の慢性疾患を引き起こす「構造的無能化」とは
大学での研究と並行して、アドバイザーとして大手企業やスタートアップなどの変革に関わる宇田川氏は、様々なビジネスパーソンにヒアリングを重ねながら『企業変革のジレンマ』を3年かけて書き上げたという。
サブタイトルにある「構造的無能化」とは、宇田川氏が「慢性疾患」と呼ぶ企業の状態を引き起こすメカニズムのことだ。
これまで経営学者や実業家らが企業変革を論じるときに念頭におかれていたのは、赤字や経営破綻など、人間の病気でいえば「急性期」に陥った企業であった。しかしいま問題にすべきは、直近の業績は悪くはないがじりじりと利益率が低下していたり、新しい事業が生まれなくなったりしているなど、“ゆっくりと悪化”している状態だと宇田川氏は指摘する。
この状態を乗り越えるべく変革を起こすのは非常に難しい。人間の慢性疾患と同様で放置すると死に至る可能性があるが、すぐに行動を起こす合理性が見出しづらいのだ。新規事業を作らないと頭打ちになることは分かっていても、今期の目標を達成することの方が大事に思える、というわけだ。
組織がこのような状態に陥るのは、経営者や社員が無能だからではない。宇田川氏によれば、それは組織が成功することの代償であり、そのプロセスは「構造的無能化」のメカニズムで説明できる。
成功した事業を続けていくには、分業し、それぞれの役割の専門性を高め、業務をルーティン化していくほうが合理的である。しかしその結果として組織は「断片化」し、何か問題があっても狭いスコープでしか考えられなくなる。
例えばDXのためにCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を雇っても、事業部門は当事者意識を持てず、全社的な動きにならないといった「不全化」が起きる。これでは変化が起きないが、何が問題なのかが分からないまま、とりあえず世間で流行っている施策を取り入れる。しかしそうした「表層化」した対策では事態は改善しない。皆がそれぞれに正しいと思うことをやっているのに、噛み合わないのである。
この「断片化」「不全化」「表層化」が三つ巴になって循環し、そこから抜け出せなくなるのが「構造的無能化」のメカニズムである。
これに対して宇田川氏は、継続的なセルフケアが必要だと訴える。
人間の慢性疾患は医者の技術で根治することは難しい。例えば高血圧症と診断されたら、専門家の処方も必要だが、本人や家族がセルフケアを続けて寛解状態を目指すことが重要になる。組織の慢性疾患も同様で、セルフケアを続けていく必要があるのだ。