ファイナンスへの表面的な理解がもたらす悲劇
──前編では、佐藤先生の「経営者は事業家であり投資家でもあるべき」という問題提起から、戦略とファイナンスを一体的に捉える経営のあり方について語られました。
佐藤克宏氏(以下、敬称略):実は、このフレーズは「企業家」ではなく「事業家」としているのがポイントなんです。「企業家」は組織を管理する人という意味合いにとられがちですが、「事業家」にはビジネスを生み出して成長させていく情熱的なニュアンスが含まれています。情熱を起点に事業を生み出し、戦略を実行していくというパワフルさが、今の日本企業には特に足りていません。そのため、あえて「事業家」というフレーズを用いました。
そして、その事業を実践した先に生まれるキャッシュフローを厳格に評価するのが、経営者の「投資家」としての役割です。「コストを“大幅に“低減し……」「海外事業の“急速な成長”を目指し……」といった漠然とした説明をするのではなく、ファイナンスの用語を用いて客観的にキャッシュフローや企業価値を評価する。「ROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均コスト)を上回る水準で……」や、昨今よく話題に挙がる「PBR(株価純資産倍率)が1倍超を実現し……」といった説明でもよいでしょう。ただし、こうしたファイナンスの用語を暗記するだけでなく、一つひとつの指標が意味するところを理解し、実際の企業活動の現象を分析して説明できることが重要です。
日置圭介氏(以下、敬称略):たしかに、言葉の意味だけを表面的に理解するのは危険ですよね。例えば、最近では「PBR1倍割れ」の話題が注目を集めすぎて、PBR1倍超に回復するのであればと、経営者がカンフル剤的な極端な施策に走ってしまいかねない。そうではなく、ファイナンスの観点から正しく企業価値を評価して、そのうえで現実的かつ長期的視点から効果のある施策を打ち出さなければいけません。
しばしば、海外の企業、特に米国企業は見込みのない事業を冷徹に切り捨てるという短期主義的なイメージで語られます。そうした部分はもちろんあるのですが、彼らは日本企業よりもファイナンスの思考がしっかりとしているので、長期的な視点で事業を仕込んだり、強く育てたりするための手も打っています。だからこそ、新陳代謝が可能となる。これこそがまさに企業戦略です。戦略的に個々の事業を成長させるためにも、ファイナンスで事業の現状やポテンシャルを可視化することが必要なわけです。
一般社団法人日本CHRO協会/一般社団法人日本CFO協会シニア・エグゼクティブ日置圭介氏と、早稲田大学大学院経営管理研究科教授の佐藤克宏氏が登壇!