「支える」と「自律を促す」の両立によるR&D変革
宮森千嘉子氏(以下、宮森):前編では、大澤さんがマレーシア味の素で実践されている、「自律(Autonomous)」と「共創(Co-Creative)」を両輪として掲げたリーダーシップについて伺いました。
私はコーチングを担当させていただきながら、大澤さんの取り組みが、これまでのマレーシア味の素のあり方を大きく変革していると強く感じています。特に現地でのマネジメントのみならず、日本本社やアジアの他拠点との連携も含め、全方位的な視点で取り組んでいることが印象的です。
大澤理一郎氏(以下、大澤):宮森さんとの対話を通じて得たアドバイスはどれも心に残っていますが、特に「答えは自分の中にある」という言葉がいつも心の内で響いています。自分の頭でじっくり考えた上で、宮森さんとの対話を通じて思考を整理し、自ら答えを見つける。そのプロセスを、この1年で少しずつ習慣づけられました。
宮森:対話する中で大澤さんに感銘を受けるのは、アメリカで幼少期を過ごされ、その後フランス赴任によって培われた個人主義の概念を個人としてはお持ちでありながら、それを抑えてマレーシアのメンバーを見事に支えられていることです。それに加えて、彼らに「自律的であるべきだ」というメッセージを同時に伝えている点も、非常に興味深いと感じています。これは簡単なことではありません。
大澤:ありがとうございます。たしかに「支える」と「自律を促す」の両立は決して簡単ではありませんが、マレーシア味の素の組織にはこの両立が必要だと感じています。たとえば、R&D(研究開発部門)の変革はその典型例です。実は私自身、味の素でのキャリアの中でR&Dと密接に関わる仕事をしてきたため、R&Dの持つ実力や課題を深く理解しているつもりです。
しかし、マレーシア味の素のR&Dは、日本で開発されたプロジェクトを“下請け”する形が中心であり、新たな価値を生み出す動きがほとんどありませんでした。これを変えるべきだと考え、「自分たちで新しい価値を生み出そう」という文化を醸成するための取り組みを始めました。
宮森:具体的には、どのような取り組みを進められているのでしょうか?
大澤:まず、「外の世界を見る」ことの重要性をメンバーに訴え続けています。その一環として、日本・東大発の科学教育を推進するリバネス社と連携し、マレーシアの中高生のSTEM教育を支援するプロジェクトのスポンサーになりました。この取り組みでは、中高生が社会課題をテーマに研究を行い、その成果を発表します。マレーシア味の素のR&Dのメンバーはそのメンターとして参加し、学生たちを支援する役割を担っています。
宮森:R&Dメンバーには、そのプロジェクトを通じてどのような変化を期待されているのですか?
大澤:メンターとして学生たちをサポートすることで、R&Dメンバー自身が研究開発の仕事に就いたときの初心を思い出し、「自分たちもこんなことをやりたかった」と気づくきっかけを作りたいと思っています。なぜなら、中高生の発表の機会に立ち会った際、私自身が彼らの熱意と創造力に圧倒されたからです。たとえば、フードロスの削減や廃材の再利用など、社会課題に向き合ったテーマで、彼らが「トウモロコシの芯を使ったクッキー作り」など独創的なアイデアを、何千人もの大人の前で堂々とプレゼンをする発表する様子は衝撃的でした。
宮森:大人顔負けの中高生たちの姿に触れることで、R&Dメンバーが内面的な変化を遂げ、組織全体の活性化につながる。まさに、組織の未来を見据えた取り組みですね。
大澤:おっしゃる通りです。こうした取り組みを通じて、R&Dメンバー自身が「言われたことをやる」だけでなく、自ら課題を見つけて挑戦する文化を醸成していければと思っています。