新規事業はあえて「出島」にしないのがポイント
──その後の事業化プロセスで、苦労したことなどはありますか。
山口:正直なところ、苦労したことばかりです。そもそも事業化のノウハウがまったくなかったので、無駄な寄り道をたくさんしながら手探りで進めていかざるを得ませんでした。知識を身につけるために、社会人大学やセミナー、講座にも地道に参加していましたね。
最初につまずいたのが、仕事に対する“姿勢”のアップデートです。私をはじめ、メンバーのほとんどは技術部門の出身だったので、まずお金をかけて一定水準のプロダクトを作ってから検証するという「プロダクトアウト」の考え方が染み付いていました。顧客課題の検証からスタートしてその結果をプロダクトに落とし込む「リーン」な考え方へと徐々にシフトしていったのですが、なかなか切り替えるのは難しかったですね。
──トヨタ自動車という「ハード」の代表格のような企業が、「ソフト」のクラウドサービスをリリースしたという点も興味深いです。
山口:「ハードかソフトか」という観点は、あまり気にしていなかったですね。むしろ当初はメンバーも資金も限られていたので、「いかに人手と初期投資を抑えて事業を成長させるか」に目を向けていました。たとえば、オンプレミスだと企業ごとのシステム構築に人手がかかるので、スピード感を持って構築でき、変更点をすぐにプロダクトに反映できるクラウドサービスのほうが、事業を効率的に拡大しやすいと考えました。
たまたまクラウドサービスの知見を持ったメンバーが社内にいて力を貸してくれることになったので、そのメンバーを中心にサービスを設計していきました。
──顧客開拓はどのように行ったのでしょうか。
まずはメンバーの持つコネクションやトヨタ自動車のグループ企業のコネクションなどを活かして開拓していきました。
前提として、常に「量よりも質」を重視していたと言えます。とにかく購入してもらえればいいというのではなく、効果を実感した上で導入してもらいたいと考えていたので、ひたすら電話をかけてアクション数を増やすよりも、1社ずつ丁寧に対応することを心がけました。

──大企業における新規事業は、本業に比べるとどうしても小規模になるため、中断させられることも少なくありません。「WAVEBASE」の見通しはいかがですか。
山口:組織と体制がある程度整ってきたので、ある程度長い目で見ていただけています。現在トヨタでは、従来の「B-project」と事業創生プラットフォームを組み合わせて、新事業創出スキーム「BE creation」が立ち上がっていますが、「WAVEBASE」はその先頭を走る事業の一つとして、事業化ノウハウを後続の事業に伝える役割も担っています。今後も、会社全体の新規事業開発に好影響を与えられればと考えています。
──山口さんは、新規事業を成長させる“ポイント”を何だと考えていますか。
山口:「WAVEBASE」の場合は、完全な「出島」にしなかったことでしょうか。大企業で新規事業開発を本格化する際は、どうしても本体組織から独立させようとしがちです。私たちの場合はむしろ、独立させないほうが社内のアセットやリソースを活用させてもらうためのアクションが取りやすいと感じています。
「WAVEBASE」も、出島にせずに本業の隣で取り組んでいるおかげで、社内の人材や技術を共有してもらいやすくなっています。実際、先端材料技術部から異動してきたメンバーも多いですし、先端材料技術部で開発した技術を「WAVEBASE」に実装したり、逆に「WAVEBASE」を先端材料技術部の研究開発で活用してもらったりしています。
もちろん、出島にすると意思決定のスピードは速まるかもしれませんが、その分資金調達や採用などのバックオフィス業務など、他の業務に時間と労力を割かなければなりませんよね。両方の選択肢のメリット・デメリットを比較した上で、どちらが会社の求めるものに合うか、吟味すべきだと思います。