デザイン組織が経営に貢献するための戦略づくり

フィンランドのアアルト大学でストラテジーデザイン修士を取得後、英国のクリエイティブコンサルティングファーム・シーモアパウエルにて、10年以上に渡りグローバル企業向けのブランドビジョンやデザインストラテジー立案に従事。2018年4月にディレクターとしてパナソニックに入社。アプライアンス社デザインセンター(当時)にてデザイン組織の改革に着手。その後、B2Cの家電事業から、B2Bのエネルギー事業に至るまで、幅広い事業に対するデザインの経営貢献を強化。現在、Panasonic Design Londonにて、デザイン組織の海外機能強化を担当。
Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):池田さんは前職で英国のクリエイティブコンサルティングファーム「シーモアパウエル」に勤めていましたよね。パナソニックに転じた理由は何だったのでしょうか。
池田武央氏(以下、池田):以前から「インハウスの内情を知らずに理想論ばかり振りかざして良いのだろうか」という、コンサルタントとしての迷いはありました。正直なところ、ロンドンのクリエイティブコンサルの人間が理想論を語ると、日本企業のクライアントの皆さんは興味を持って耳を傾けてくれます。悪い気はしないのですが、インハウスの実務を経験したことがないことに負い目を感じていました。一度はどこかで泥臭い環境に身を置かないと、真に的確な提案はできないのではないかと。
そうしたなか、後でご紹介するパナソニックデザインの戦略立案の仕事を、現在の上司である臼井(重雄氏。現・パナソニック ホールディングス 執行役員 デザイン担当/デザイン経営実践プロジェクトリーダー)からもらい、そのプロジェクト終了後に、今回提案してくれた戦略の実行を一緒にやらないかとオファーを受けて、入社を決めたというのが経緯です。
栗原:シーモアパウエル時代には、具体的にパナソニックのどのような案件を担当したんですか。
池田:プロダクトデザインからクリエイティブディレクションまで幅広い案件を手がけました。特に現在の活動につながっているのは、先にもお話しした、転職直前に担当した当時の家電部門におけるデザイン組織の戦略づくりです。デザイン組織がより経営に貢献するための戦略を、当時家電部門のデザインセンター長だった臼井から依頼を受けて構想することになりました。
その際に私は、当時のパナソニックデザインの現状と国内外のベストプラクティスの分析から、デザイン組織の戦略として「多様化」「流動化」「一元化」という3つの方針を提案しています。

1つ目の「多様化」とは、デザイン組織の職能をより多様化することです。現在、パナソニックではデザインのプロセスを「気づく・考える・つくる・伝える」の4段階で分類していますが、以前はモノやデザインを「つくる」ことに人材や職能が偏重していました。そうした状況から、デザインリサーチなどを通して、未来の兆しに「気づく」ことや、そこから新たな価値領域を「考える」ことができるような多様化が方針の1つでした。

2つ目が「流動化」。社内外の人材、情報や技術との交流を促し組織の流動性を高めることが目標です。2018年に開設されたデザイン組織の拠点「Panasonic Design Kyoto」は、社内外とつながるクリエイティブハブとなっているのですが、こうした点に流動化の方針が反映されています。


そして、最後が「一元化」。これは組織一丸となってデザインを推進するための共通のフレームワークを策定しようというものです。従来、パナソニックは「Future Craft」というデザインフィロソフィーを有していたものの、それを踏まえて、実際にどのようなフレームワークの中で顧客価値を構築していくかが明確ではありませんでした。
組織的なデザインを実現するため、共通して取り組む具体的施策を構築しようとしたのが一元化でした。その結果、現在も続く「VISION UX[1]」、またはお客様と製品の接点を統一した世界観でデザインする「360UX」といった取り組みや、経営層との対話を増やすための場が確立されるに至ります。

栗原:その後、パナソニックに入社されて、ご自身で戦略の実行を担っていくことになると。その活動が現在に至るパナソニックのデザイン組織の変革の礎になったわけですね。
[1]「VISION UX」:気候変動や資源枯渇といった地球規模の課題に直面するなか、パナソニック デザイン本部が取り組む未来構想活動。家庭、職場、地域における5〜10年後の実現すべきくらしのビジョンを描き、既存事業の枠を超えた価値創造に挑んでいる。