巨大な組織を変えるための「盾」と「矛」
栗原:とはいえ、デザイン思考の実践とは組織変革であり、ビジョンの策定や個別の施策だけでは実現しないように思います。その過程では地道な泥臭い活動もあったのではないでしょうか。
池田:おっしゃる通りです。特に、当時の私は入社してきたばかりですから、失敗ばかりでした。ADRでは、冒頭の20分ほど、私がVISON UXや360UXなどについてプレゼンする時間を設けていたのですが、今思えば配慮が足りない場面が多々ありました。実際に、ある方が私のプレゼンを聞いて「事業をよく知りもしないくせに」と怒っていたという話も聞いています。
必ずしも私は自分が正しかったとは思わないです。社内の正しい文脈を考慮せずに、新参者が自分の意見を一方的に押し付けた面はあったと思います。ただ、その一方で、急激な変化をもたらさなければデザイン思考の実践は実現できないという見込みもありました。

栗原:反発も根強いなかで、デザイン経営を推進できたのはなぜだと思いますか。
池田:変革のリード役を思い切って任せてもらえたというのが大きかったです。上司の臼井には「盾と矛」の例え話を度々されていました。「社内には盾の役の人材は多いから、池田には矛の役を担ってほしい」と。つまり、多少の反発はあっても尖った動きをしてほしいというわけですね。実際に、臼井に限らず多くの方が、私の立場を陰に日向に守ってくれたと感じています。ADRの冒頭のプレゼンは非常に緊張しましたが、遠くで「大丈夫」と強く頷いてくれいた事にはいまだに深く感謝していますし、私の抽象的な話を各事業部の現場に力強く実装する姿に勇気づけられました。
栗原:パナソニックほどの巨大な組織において変革を起こすには「盾」と「矛」の役割分担は重要かもしれませんね。
池田:はい。ただ、「矛」もその立場に甘えていてはいけないというのがもう1つのポイントだと思います。私自身のデザインコンサルファームからインハウスに転身してみての一番の学びは「3年間はひたすら試行錯誤すべき」でした。3年間ほどは組織のことも事業のこともよく分からない。そのなかで「矛」の役割を全うして変革を進めていく必要がある。
しかし、その一方で、事業について知ろうとしたり、組織内にネットワークを築いたりする努力も怠ってはいけないと思います。特にパナソニックのような組織では、デザイナーだけではほぼ何も実現できないと言っていいです。事業サイドや技術サイドとの共創が必要不可欠ですし、私も社内ネットワーキングにかなりの時間を割きました。泥臭く思えるかもしれませんが、人間関係を築いていくのも組織変革の重要なアプローチだと思います。
栗原:「インハウスは石の上にも3年」というわけですね……。
池田:おっしゃる通りです。それに「矛」の役割を果たすにしても人間関係は欠かせません。ただやみくもに配慮に欠けた言動をしていては、単に嫌われてしまいますから(笑)。「あいつが言うのだからまずは聞いてみるか」という関係性を、いかに築いていくのかは重要なポイントだと思っています。
